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ハウジング重兵衛|“愛される職人”が建築業界の未来を変えていく。多能工職人に見る可能性

〜前編〜職人不足に正面から立ち向かう老舗企業の挑戦

人口減少にともない、新設住宅着工数の減少が見込まれるなか、さらに早いペースで建築業・建設業の担い手不足が深刻化している。現在は、建設技能者のうち全体の4分の1を占めているのが60歳以上であり、その大半が10年後には引退してしまう危機的状況だ*。職人不足は新築住宅のみならず、既存ストックの改修においても大きな課題となってのしかかってくるだろう。

*出典:国土交通省「建設業を巡る現状と課題」年齢階層別の建設技能者数より(https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001610913.pdf

「住宅を建てたい・リフォームをしたい、しかし工事を任せられる職人がいない」そんな状況が差し迫り、全国で職人の確保・育成に向けた動きが活発化している。千葉県・茨城県に根ざし、リフォーム事業を主軸とした総合建設業を営む株式会社ハウジング重兵衛も、この状況を打破すべく、新しいチャレンジをスタートした一社だ。

同社は、2019年に多能工職人集団「株式会社KENSHI」を立ち上げ、職人を社員として雇用し、地域のお客様・仲間に“愛される職人”へと育ててきた。このノウハウを職人不足に悩む全国の工務店・リフォーム会社へと広めるべく、2024年2月「多能工職人育成学校 JMCA(Japan Multi-Crafter Academy)」を開校する。

今回は、株式会社ハウジング重兵衛・株式会社KENSHIで専務取締役を務め、新たに開校するJMCAの校長も兼任する福地 俊之介さんにインタビューを実施。職人の従業員化・多能工化に力を注ぐ福地さんの想いや、JMCA開校に向けた意気込みを伺った。

前編では、ハウジング重兵衛が築いてきた120年の歴史を紐解きながら、株式会社KENSHIの立ち上げ経緯や、同社が職人育成において大切にしているポイントについて紹介していく。

福地 俊之介氏
株式会社ハウジング重兵衛 / 株式会社KENSHI 専務取締役 / 多能工職人育成学校 JMCA 校長
1984年生まれ。建築士として公共施設の建築などに多数携わった後にハウジング重兵衛に入社。部長職として社内外のさまざまな現場調整やANDPADをはじめとした各種システムの構築に携わる。現在は株式会社KENSHIの専務として、自社職人の増員と育成を行い、職人学校の運営に従事している。
 

INDEX

 

総施工件数2万件以上、「人」を大切に成長を続ける老舗企業

千葉県香取市に大工兼材木商として創業し、120年以上にわたって地域の発展とともに歩んできたハウジング重兵衛。現在では、リフォームから外壁塗装、新築注文住宅の建築、増改築・リノベーションまでを総合的に手がける建築会社へと成長した。まずは、福地さんがなぜ同社に入社したのか、その経緯を伺った。

福地さん: 私は昔から椅子や家具を見るのが好きだったので、高校卒業後に建築系の専門学校に進みました。ただ、いざ家具のデザインを学んでみると、デザインだけで生計を立てていくためには圧倒的なセンスがないと難しいと分かり、それならば「手に職をつけよう」と建設業界に飛び込みました。

専門学校卒業後は地場のゼネコンに入社し、公共工事を中心に現場監督を5年ほど経験しました。ハウジング重兵衛に転職したきっかけは、当社の常務との出会いです。当社の常務は家業に入る前に、私と同じゼネコンで働いていていました。常務は私より先に前職を辞めて当社に戻ったのですが、しばらくしてから「一緒に働かないか」と声をかけていただいたんです。


株式会社ハウジング重兵衛 / 株式会社KENSHI 専務取締役 / 多能工職人育成学校 JMCA 校長 福地 俊之介氏

福地さん: 私はもともと人付き合いがあまり得意ではないので、リフォームの現場でお客様とスムーズにやりとりができるか不安がありました。自分からは個人のお客様と接する業態は選ばないと思うのですが、自ら進んで行く業界ではないからこそ学べることも多くあると考え、チャレンジさせていただくことにしました。また、会長の人柄の良さも入社の決め手でした。当時はまだ3店舗しかなかったため全員の距離が近く、経営者が何を考えているかを直接聞けるのが新鮮でした。


2021年、ハウジング重兵衛はグループ会社を統括する株式会社J forces one HOLDINGSを設立。事務所の1階には、誰でも気軽に不動産やリフォームの相談ができるようにと「きはるカフェ」を併設している。

ハウジング重兵衛は、明治時代より6代続く老舗企業である。創業からしばらくは大工兼材木商を営んでいたが、4代目から工務店へと業態を変え、5代目である会長の代からリフォーム事業に進出。当時はまだリフォーム需要が少なく、業界内で「大工がリフォームをやったら終わり」と揶揄されるような時代だったという。しかし、会長は「さらに会社を成長させるためには新しい事業の柱が必要」と考え、リフォーム事業への転換に踏み切った。時代を先読みした戦略が功を奏し、現在ハウジング重兵衛は、千葉県・茨城県内9店舗を展開するリフォーム会社へと成長を遂げた。

福地さん: 現在は6代目が代表を務めていますが、代替わりが進んでも「人」を大切にする姿勢はずっと受け継がれています。「お客様にどれだけ喜んでいただけるか」「一緒に働く社員や職人同士でどれだけサポートし合えるか」を考えて事業を継続してきたことが、売上と店舗数の拡大につながっていったと感じています。

会社の拡大に合わせて、私も一般社員から工事部長、専務へとキャリアを積んできましたが、実は一度だけ会社を辞めたいと考えたことがありました。退職を考えていた当時は、ひとつの現場を管理して完工し、お客様に引き渡す……この流れを延々と繰り返す毎日で「自分が担当じゃなくても工事が進むのでは」と考えてしまい、仕事の意義が見出せなくなっていました。その想いを社長に伝えたところ、「本当に現場監督の仕事をやり切ったと言えるのか」と問われ、はっとしたんです。まだ自信を持って「やり切った」とは言えない、余力を残している自分に気づき、もっと本気で仕事に向き合おうと意識が切り替わりました。

ちょうどそのころ、ANDPADとは別の施工管理ツールの導入が決まり、社内への利用浸透を図るプロジェクトの専任担当者に私が任命されました。数百万円の導入費用がかかる重要な案件を任せてもらえたことが嬉しく、会社からの期待に応えるためにも、ここで全力を出し切ろうと心を決めました。

その後しばらくしてからは、当時導入していたツールからANDPADに切り替え、現在に至るまで活用しています。会社全体のDXプロジェクトの推進も、引き続き私の方で担っています。



社員職人が所属するグループ会社「多能工職人集団・KENSHI」を設立

適正価格と顧客満足を追求した質の高いリフォームを強みとするハウジング重兵衛。同社の年間累計工事数のうちの6割は、OB客とその紹介から生まれている。そんな同社が、2019年に新たに設立したのが株式会社KENSHIだ。


株式会社KENSHIのHPより。 https://kenshi.jp/

KENSHIは、同社のリフォーム工事を手がける職人たちが所属する会社である。会社のコンセプトは、大工・水回り・電気・設備・内装など、家づくりに関わる仕事を1人でこなせる「多能工職人」の集団だ。一人親方や協力会社に工事を発注するのが一般的な建築業界において、なぜ自社職人を雇用し、育成していく会社を立ち上げたのだろうか。

福地さん: 当社は、以前にも自社職人の育成に取り組んだことがありました。しかし当時は、1日単位で固定の賃金を支給する日給月給制を採用していたため、「手抜きをしても1日分の賃金がもらえる」といった意識が職人に生まれてしまい、工事品質に影響が出るようになってしまったのです。この状況を会長が問題視し、職人の雇用は一旦すべて止めて、請負契約に完全に切り替えました。

しばらくしてから、再び「社内に職人を置いて、お客様の要望にすぐに対応できる体制を整えたい」といった声が上がり、あらためて職人の雇用を検討しはじめました。過去の失敗を踏まえ、社内のメンバーや協力会社の親方に「誰なら社員として活躍できそうか」を聞いて回って、名前が挙がった職人を正社員第1号として雇用しました。その社員の仕事ぶりが素晴らしく、「今後も信頼できる職人を自社で育てていこう」といった流れが生まれ、1年に1人のペースで職人を正社員として雇用してきました。

KENSHIを立ち上げる分岐点になったのは、職人の数が20人ほどになったころです。当社のようなリフォーム会社の場合、職人1人を雇用するためには、1億円程度の売上を確保する必要があると私は考えています。職人20人の雇用となると20億円の売上が必要になりますが、施工エリア内の物件数は限られているので1店舗で20億円の売上をつくるのは難しいです。いくつかの店舗に分けて職人を配置し、各店舗で管理することも考えましたが、店舗運営や営業活動に忙しい店長に職人の稼働管理まで任せるのは大きな負担になります。そこで、職人を効率的に采配し、より高いパフォーマンスを発揮できる環境を作るために、職人の育成・管理に特化した会社をつくろうと考えました。

福地さん: KENSHIが目指しているのは、“愛される職人”の育成です。これまでの職人は、技術を磨いて仕事に見合った報酬を得るのが一般的なスタイルだったと思います。ただ、技術だけを職人の価値だととらえてしまうと、職人は「技術だけが必要なら自分でなくてもいい」と考え、より報酬が高い方へ流れてしまい定着してくれません。また、若手の職人は、その技術を身につける段階で「仕事がきついのに給与が安い」と心が折れ、辞めてしまいます。

私たちが大事にしたいのは、技術や収入の先にある「やりがい」です。お客様と一緒になってリフォームに取り組み、笑顔で「ありがとう」と言っていただく。社内の仲間から頼られ、感謝される。会社の経営や若手の育成に携わる……こうした多くの人から必要とされる喜びをやりがいとして感じられれば、職人は定着すると考えています。

マインドを重視した教育体制・評価制度で“愛される職人”を育成

では、お客様や仲間から“愛される職人”を育てるために、KENSHIではどのように人材育成に取り組んでいるのだろうか。福地さんは、仕事に対する心構えであるマインドの育成に最も重きを置きつつ、幅広いスキルを身につけられる教育体制の構築や、安心して将来を描けるキャリアの形成にも力を入れていると語る。

福地さん: マインドについては、ハウジング重兵衛グループ全体に根づいている「全力邁進」「技術向上」「感動教育」「感謝主義」「日々成長」の5箇条の浸透を図っています。これは言葉で伝えていくというよりも、社員が日々の業務のなかで自然と学び取っていけるように、社長や役員、店長、上司といった人間が行動で示していく部分だと考えています。

福地さん: スキル面で目指しているのは、職人の多能工化です。KENSHIでは、水回り・大工・電気・設備・内装などの工事に1人で対応できる、総合力のある職人を育成しています。これまでは、専門領域を突き詰めた職人による熟練の技が求められてきました。しかし、今は製品や技術、工法が進化し、熟練の業も次々と代替可能なものになってきています。経験の浅い職人でも問題なく施工ができる時代になりつつある状況のなかで職人の価値を高めていくために、私たちは「職人の多能工化」という答えに行き着きました。

マルチなスキルを持った職人がリフォーム工事に入れば、お客様は1人の職人とやりとりをすればいいので精神的な負担が減ります。じっくりお客様とお付き合いができるので、要望も汲み取りやすくなり、リフォームの満足度も高められます。職人不足が叫ばれる昨今、専門の職人を何人も手配する必要がないのは、発注者側としても大きなメリットです。段取りを組むのも楽ですし、工程管理もシンプルになります。

福地さん: KENSHIでは、未経験で入社した社員でも約4ヶ月でトイレの施工ができるようになる教育制度を整えています。水回りのリフォームをマスターした後に、1年・3年・5年と対応できる工事を増やし、業務の幅を広げていくためのスキルマップも用意しています。


同社が設定するスキルマップ。職人としての仕事以外にも、段階を追って、会社の経営参与・組織づくり・後進の教育指導など、業務の幅が広がっていく。 

福地さん: 職人として長く働いてもらうためには、技能を適切に評価し、賃金が上がっていくキャリアパスを見せることも重要だと考えています。KENSHIでは、手がけられる工事の内容や経験回数、保有資格に準じた評価制度を構築しています。できることが増えていくことで、年収が着実にアップしていく仕組みです。


プロとしての技能を適切に評価するため、1〜8の等級を設けている。等級ごとの想定収入や、その等級に至るために取得が必要な資格や工事内容・経験回数を細やかに設定している。

福地さん: また、スキルの有無だけではなく、私たちが大事にしている「マインド」も評価に加えています。KENSHIでは、親方・同期・後輩、営業、設計、現場監督、事務員など、一緒に仕事をする複数の人から総合的に評価を受ける360度評価を導入しています。ハウジング重兵衛グループの行動指針である5箇条をベースにした指標を設け、5段階で評価しています。

賞与は、この360度評価の数値と会社の業績に基づいた指数を掛け合わせて決定します。特徴的なのは、スキルで賞与額が決まるわけではないということ。経験が浅く、施工能力が低い社員であっても、私たちが目指す“愛される職人”になる土台が備わっていれば、評価に跳ね返ってくる仕組みにしています。

マインドとスキル、双方を高めていく意識を持った職人を長期的に確保するために、職人の従業員化を進めてきたハウジング重兵衛。現在では、多能工職人を育てていくグループ会社・KENSHIを立ち上げて、職人のモチベーションを高める仕組みを構築し、職人の定着化に成功している。後編では、このノウハウを展開した「多能工職人育成学校 JMCA」の詳細に迫っていく。

株式会社ハウジング重兵衛
URLhttps://jube.co.jp/
代表者代表取締役 菅谷重貴
創業1899年
所在地〒286-0021 千葉県成田市土屋386-4
取材・編集:平賀豊麻
編集:原澤香織
執筆:保科美里
デザイン:森山人美、安里和幸
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