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四角い空間が建築の常識? その概念から フリーになる未来の建築技術を研究

建築家であり、研究者でもある池田靖史氏。偶然のきっかけから建築とITの結節点を見出し、3次元CADなどを駆使した設計にいち早く取り組んできたパイオニアです。そこからコンピューターを活用したデジタルコンストラクションや建設ロボティクスなどにも目を向けますが、コアとなるビジョンはその先にある人の幸福とは何かということ。近未来の建設業界のあり方を予見する提言に、時間を忘れて聞き入ってしまいました。

池田靖史 氏
株式会社池田靖史建築計画事務所 主宰 建築家・慶應義塾大学教授
1961年生まれ。東京大学工学部建築学科卒業。東京大学大学院工学系研究科 修士課程修了。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科政策・メディア専攻教授。槇総合計画事務所勤務を経て1995年に株式会社池田靖史建築計画事務所設立(2003年からIKDSに改称)。代表作は「慶應大学SFCデザイン・スタジオ棟」(2000年グッドデザイン賞受賞)、「酒田市公益研修センター多目的ホール」(2006年)「台湾桃園メトロ台北中央駅設計」(2017年)など多数。

INDEX

フランク・ロイド・ライト作品と槇文彦氏、 そしてITとの出会い

子どもの頃からSFが好きで、大阪万博の未来都市のような内容に興味を持っては、自ら想像した万博の絵を描いたりするような子どもでした。高校時代はバスケットボールに打ち込んでいたため、あまり勉強ができる方ではありませんでしたが、なぜか絵を描くのは得意で、美術の先生にも目をかけていただいていました。そんな些細なきっかけから、その美術の先生に進路の相談をしたところ、「池田君は理系で、機械いじりが好きで、絵も描ける。そういう人が行くところは建築学科だよ」と言われたんです。さっそく、その日のうちに高校の図書館を訪れ、「建築」コーナーを眺めます。そのときに偶然見つけた建築作品集のひとつがフランク・ロイド・ライドのものです。それを見て「ああ、カッコいいなぁ」と素直に感じ、「この道に進もう」と思ったのが建築家となる最初のきっかけです。その後、東京大学工学部建築学科に進みましたが、そこでも運命的な出会いがありました。後に私がその設計事務所に入ることとなる槇文彦先生との出会いです。人柄はもちろんですが、その手がけられた建築の美しさは息を飲むほど素晴らしいものでした。

さて、建築から話が変わってしまいますが、もう一つ、今の私に大きく影響を与えたモノがあります。それはパソコン(1980年当時はマイコン)です。今とは違い、当時の学生にはとても手の出る金額ではなく、触ることもままならない代物でしたが、大学の生協に行ってみると「PC-8801」というNEC製パソコンのデモ機が展示してありました。それを偶然にも見つけてしまってからというもの毎日のように生協に通い詰め、店頭のデモ機でパソコンの勉強です。まあ、とても迷惑な客だったと思いますよ(笑)。その後、大学院では槇研究室に入り、そこでは研究費でパソコン(PC-9801)を買ってもらえました。当然その有用性についてプレゼンし、なんとか購入してもらったものでしたが、それが現在ほど建築の仕事に役立つとは当時は考えてもいませんでした。

建築とITの接点と 建築家としての視点・視野の広がり

当時、私は槇さんの事務所でアルバイトもしています。その間、槙さんが幕張メッセの設計を手掛けられ、その中でトラスのパースを描く仕事がありました。巨大なトラスのパースで、しかもカーブしている。誰が見ても、手描きのパースとしてはかなりの難題でした。

そんな折、事務所の先輩から「模型をつくってトラスの写真を撮れば、模型も完成して一石二鳥。模型つくるのは2週間ぐらい時間がかかるけど、頑張ってみろ」と告げられます。私は負けん気が強かったこともあり、「コンピューターでプログラミングすれば、その作業は1日、2日で終わるのではないですか?」と、返してしまったわけです。当時はそんな前例もなかったため、当然のことながら「そんな出来もしないことを言うな」と先輩方から叱られます。しかし、反省する気持ちよりも悔しさが勝り、学校にあったパソコンを使ってトラスのパースを作成したことを今でもよく覚えています。

そして、そんなコンピュータなど最先端技術を積極的に取り入れる姿勢も一因だったのかもしれません。大学院卒業後、狭き門であった槇さんの事務所、槙総合計画事務所に無事入所することができました。しかし、設計の場が大学の研究室から設計事務所に変わっても、事務所の先輩からは「コンピューターを使って設計する時代は、まだしばらくは来ない。だから、しっかりと手書きで線を描きなさい」と言われるのが普通でした。そんな中でも、所長である槇文彦さんは私のことを応援してくださり、「アップルIIci」という当時最先端のコンピューターを事務所に導入してくれました。

さて、そこで話が終わればいいのですが、大学の研究とは違い、事務所はビジネスです。高い費用をかけて導入した以上は何かしら目に見える成果を上げる必要がありました。そのきっかけで取り組み始めたのが3次元CADです。日本には手頃な価格で手に入るソフトウェアがなかったため、アメリカに住んでいた姉より「form-Z」というソフトウェアを送ってもらい、四苦八苦しながら習得。それによって、製図の効率化ではなくデザインの発想を助ける仕事ができたということも、その後につながる掛け替えのない経験となりました。

そして1996年、槙総合計画事務所を離れて独立します。独立に際し、まずやったのが自分のパソコンを買うこと。今までは買ってもらうだけの人生だったため、実はこの時が初めて自分のお金でパソコンを購入したことになります(笑)。 当時最も処理速度が速いアップルのデスクトップパソコンを買い、それと同時に「form-Z」も自分でライセンスを購入。それだけで、独立資金の大半がなくなったのではないかと思います。当時は今と違いパソコンは非常に高額でしたので。

そういった背景もあり、独立した当時に私の世代で3次元モデリングとCGで設計している若手建築家は誰もいませんでした。その結果、かなりのアドバンテージを持つことができ、独立前後の期間は仕事が大変順調に進みました。そして、建築家として池田靖史建築計画事務所を経営する一方、槇文彦さんの紹介もあり慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の研究職にも就任します。研究者として2年、3年と揉まれていく中、「建築は技術的には様々なことができるが、それを結果として何に使うのか?」という視点に考え方が変わっていき、視野も広がっていきます。 当初は「建築をどうつくるか」という「How」を教えに来たつもりでいましたが、「そもそも何をつくるべきなのか?」という「What」の部分、さらには「何故そのようなものをつくるのか?」という「Why」の部分まで総合的に考えるようになったのです。 こうした思考の習慣についても、現在の立脚点を問うものとなり、たいへん貴重な経験となりました。



デジタルコンストラクションで ロボットが住宅を建てる

慶應大学での研究を元に東京大学に博士論文を提出する過程にて、とても新しい分野の可能性を今まで以上に感じるようになります。論文名は「自己組織性のある建築・都市のデザイン手法に関する研究」。その一部を簡単に説明するとすれば、コンピューターを使って建築を行うこと、そしてその可能性についてです。それは2004年前後からはじまり、人間が設計図をCADで描くという行為から一歩進んで、コンピューターにプログラミングすることで、設計案を自動でつくらせるという手法の意義を問う試みです。それ以来、今まで以上に実験的、かつ業界の内外に対して将来のビジョンを投げかけるという行為自体も建築家が担う役割なのかもしれないと考えるようになりました。

そんな私が最近注目しているのが「デジタルコンストラクション」。これからデジタルが変えるものは、デザインだけでなく、そこにものづくりの手法も含まれた、建物づくりの方法そのものではないかと考えているからです。ロボットに床ならしやペンキ塗りをさせるといった類の技術は昔からありましたが、このあたりの技術も、現在導入が進んでいるAI(Artificial Intelligence人工知能)とBIM(Building Information Modeling)が融合することで、遥かに大きな可能性が出てきます。

私が考える「デジタルコンストラクション」と従来の建築との一番大きな違いは、現在、我々がつくっている建物の構造やスタイルが、新しい技術の中では必ずしも最も建設しやすく、メンテナンス等がしやすいものではなくなってくるかもしれないという点です。例えば、床ならしの左官ロボットが円盤型の家庭用掃除ロボットみたいに動き回るとすると、四角い部屋の隅のほうは作業しにくく、ムラがでてきます。であれば、そもそも直角の入隅がない部屋をつくった方がロボットは作業しやすい。こういった発想もありえます。現代は「建物は四角いもの」という常識が支配していますが、その背景にあるのは工業化や大量生産の原理です。標準化された同一の部品で作るためには直交格子状の幾何学が圧倒的に経済的だからです。現代の生産技術と社会にはその考えが100%正しかったかもしれません。しかし、工業化以前はそんなに四角い家ばかりだけであったわけではありません。海外だけでなく日本であっても竪穴式住居など円形住居が存在しています。

時を経て、建設ロボットや3Dプリンターによる複雑で多様な生産が普及し経済性を持つ時代になれば、住居や建築物のカタチは四角形ではなく、例えば丸などの方が良いのでは?という声やアイデアが出てくるのは自然なことです。私自身も「建築は、少なくとも四角から解放されていく」という考えを口にすることはあります。ただし、「四角から解放される、つまり、丸の方が良い」という類の話についてはもっと議論を深めなくてはなりません。「四角じゃなくてもいい」ということになった時、次の段階では「それでは、いったい何を基準にして形を決めていくか?」ということが問われるようになります。 そういったプロセスを経て、未来の建築は定められた形ではなく自在に変化したりするようなものになるかもしれません。その未来の姿は、子どもの頃に描いた万博の想像図のようで、本当に私をワクワクさせてくれています。



垣根を超えて技術を活用する データのインタラクションがポイント

海外における最先端の建設現場では、ロボットが鉄筋を編み、構造物を組み立てている光景を見かけるようになりました。その中には、構築物を支えるためだけに設置される仮設資材を省略できるよう、ロボットが端側の三角形からつくりはじめるように組み立て順番を人工知能で最適化したようなケースも見られます。これをさらに発展させれば、従来であれば作りたい形状に合わせて、はじめに大掛かりな仮設を準備していた発想から、ロボットを使った工事を前提に、それが不要になるような形状にデザインを調整する発想につながります。

海外ではベンチャー企業が積極的にデジタルコンストラクション分野に取り組んでおり、「どんな曲面のコンクリート型枠でもデータさえあれば出張ロボットでつくれます」といった具合でビジネスを展開する企業も出てきていいます。新しい建築材料の開発においても、コンピューター技術の発展によって素材の開発が可能になってきています。工業製品に比べてばらつきの多い天然材料のような今までは予測が難しいため経済的に不利とされていたような素材でも、細やかな計測や制御で将来は建築資材として活用できるかもしれません。どの場合にも、データを共有することが革新につながっています。様々なものがもっと広く繋がって、建築全体に影響を及ぼしていくのです。

一方、日本の建築・建設業界に苦言を呈するのであれば、こうしたデジタルコンストラクションの導入に対し、分野を横断したイノベーションへの取り組みの量が少なすぎると感じています。 今後日本の建設業界に求められるのは、業界や業種の垣根を越え、既存の分業制を飛び越えたデータのやり取りや活用です。このことが、おそらく一番大きなカギを握っていると思います。

例えば、BIM(Building Information Modeling)で言うと、施工者は施工を効率化するBIMとしてしか見ておらず、設計者は設計を効率化するBIMとしてしか見ていない。実際には、それらのデータはプラットフォームを介してやり取りすることが可能なため、今まで飛び越えられなかった様々な垣根を飛び越えて使われることで新しいビジネスや価値を生むことに意味があると思います。コンピューターを使った3D技術は、30年以上前から存在しています。しかし、その当時から現在に至るまで、その3D形状を加工したり組み立てたりしやすくする技術との整合性を図ることをあまりやってきませんでした。それは、ITの総合的能力をフル活用せず、まだ人間が施工できるものを設計していたからです。

他方、コンピューターの世界では幾何学的計算モデルさえ決まってしまえば、複雑で不思議な形状データがいくらでもつくれます。そして形状データさえあれば自動的にその造形を加工・組立できるという装置があれば、建築のデザインと施工の関係は飛躍的に変化します。今はそれが実際にできるようになってきています。共通のデータが設計と施工の垣根を越えて共有され相互に反応することで、初めて新しい価値が生まれるとも言えるでしょう。

テクノロジーが何の役に立つのか その問いに応える目下の試み

将来の話は夢があり面白いものです。では、こうしたテクノロジーは現実の社会にとってどういう現場で役立つのか。学生たちにはこうした課題にも取り組んでもらいたいと持っています。

鹿児島県の口永良部島(くちのえらぶじま)にてIT(CGソフト、3Dスキャンなど)を用い、新たな建築施工システムの開発を行う実証実験を行いました。 口永良部島のような離島、かつ建設用のインフラが整っていない地域をわれわれは「遠隔地」と定義しています。遠隔地では建設用の重機や建材を輸送することが困難になるため、私たちがそういった地域で提案するのは規格化された建材ではなく現地にある自然素材、重機ではなく手作業にて施工を行うこととなります。 「自然素材」、「手作業」。ITやデジタルとはまるで対極にある言葉ですが、設計どおりの施工や施工手順の事前準備が非常に難しい状況下であっても、その不確定要素をデジタル情報技術の活用によってカバーするといった手法を検証しています。より具体的な話をすると、竹とコンクリートで一時避難ドーム(火山噴火時に噴出物より身を守る構造体)をつくることを目標にしました。曲面であるうえ、竹を曲げるのは簡単なことですが、個体差によるバラつきや作業の非熟練度があるため、3Dモデルを用いても予定どおりの形状が出来ません。

そこで、精度にこだわらず手作業で組み上げた形状を3Dスキャナーとレーザ距離計を用いて計測し、その計測結果を随時3Dモデルのデータに戻して構造計算や環境解析を行うというプロセスを繰り返すことで性能を確保することが可能となります。つまり、構築途中の建造物データをリアルタイムで計測し、その結果を受けて問題点を即時に修正しデザインも考え直していく……といった手段をとっているのです。 今までは「設計→施工」という流れが常識であったため、設計上予測が成立する素材や部材、施工方法でしか対応ができませんでした。しかし、そこにデジタル情報技術が介在することで「施工→修正→施工」というこれまでになかった建築手法が可能となります。この方法の進化により、工業技術の上からは不利な立地だった遠隔地においても安全で丈夫な建造物を手づくりで仕上げ、使いながら更新していくことができるようになるんです。

こうした発想は、後継者問題や技能の継承が深刻になっている日本の伝統的木造技術を維持する役割を担うこともできるでしょう。例えば、日本の伝統技術である仕口や継手などの加工がされた構造材を職人が手に持つと、「どこにどうはめ込めばよいのか?」といった指示を、AR(拡張現実)とAIを組み合わせたサポートツールによってグラフィカルにリアルタイムで表示する。そうしたことも可能となります。これは実際、企業(積木製作)と連携し、そのようなサポートツールの開発に取り組んでいます。

私は、建設業界が向かう未来への道は大きく分けて2つあると考えています。

ひとつは、BIMとAIを融合して施工から人間を省きオートメーション化しようとする流れ。もうひとつが、ここで解説するようなサポートツールをまとった人間がこれまでより巧みに施工を行う流れです。いずれにしても人手不足の問題を解消することができますが、全てをロボットに置き換えるのではなく、ものづくりは人間の楽しみでもあるため、楽しいことは人間がやるべきだと私は思います。ロボットからサポートを得て、人間が苦痛に感じる部分や失敗しそうなところは失敗しないように助けてもらう。その一方で、難しくてもモノづくりの醍醐味は人間が味わい尽くす……。そういう状況をつくっていくための研究が私の役目だろうと考えています。



 

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