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クラウド技術がBIMを広め、 IT人材が建設業界を大きく変革する

大西康伸准教授は、BIM(Building Information Modeling)を使った先端的な研究を熊本大学で行っています。BIMは建築工程にイノベーションを興す画期的なソフトウェアですが、発展途上にあり、多くの建設会社が様子見している段階です。どういう手順を踏めば、建設業界に浸透するのか?BIMを使いこなせる人材の育成はどこまで進んでいるのか?BIM開発の中心的存在である大西准教授にうかがいました。

大西 康伸 氏
熊本大学大学院
京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科を1995年に卒業し、1997年には同大学大学院工芸科学研究科博士前期課程造形工学専攻を修了、修士(工学)。組織設計事務所やアトリエ設計事務所の勤務を経て、2004年に京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科博士後期課程機能科学専攻を修了、博士(学術)。同年、熊本大学工学部環境システム工学科の助手として勤務。2013年から熊本大学大学院自然科学研究科環境共生工学専攻准教授。現在、熊本大学大学院先端科学研究部准教授。主な受賞歴に日本建築学会奨励賞、日本ファシリティマネジメント大賞(JFMA賞)技術賞、電気設備学会優秀開発賞など

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クラウド技術の発展と それよって実現する建設業界のBIM化

BIM(ビム:Building Information Modeling)は端的に言うと、蓄積した建築物のデータを活用して業務を効率化し、建築デザインおよびそのフロー全体にイノベーションを起こすシステムです。

BIMを活用すれば確実に建設業界の生産性が向上しますが、それを建設業界に浸透させるとなると、これは大変な難題になります。BIMを取り入れるということは、これまでのやり方を捨て、全く新しい方式に転換するのとほぼ同じ意味になるからです。

さて、そんなBIMの話をする前に、建設業界におけるIT技術の活用状況やその歴史について少し触れておければと思います。 建設業界において、主にIT技術が活用されてきたのは設計の分野です。設計分野で使用できるアプリケーションソフトには数多くの種類があります。それらは互換性があまりなく不便だったために、国やその外郭団体が主導して共通化を試みたことがこれまでに何度もありました。

しかし、いざ共通化を促進するような取り組みがスタートしても理念と現実が異なるということが多々あり、共通化どころか普及にもつながりません。結果として、多様なソフトウェアが生み出す様々なデータフォーマットが林立してしまうことになります。

しかし昨今、その流れが変わりつつあります。ここ数年でクラウド技術が発達し、急速に普及していることがその要因のひとつです。当初、クラウドサービスを提供している会社に建設業界のソフトウェアを標準化させる意図はなかったとは思いますが、結果的にはこのクラウド技術が共通化に大きく寄与していくのではないでしょうか。

クラウド技術は、各種データ形式の違いを乗り越えるきっかけになります。たとえば、BIMソフトウェアのひとつであるRevitの販売元であるオートデスクが提供しているクラウドサービスのプラットフォームであるForgeは、Revitデータだけでなく汎用BIMデータフォーマットであるIFCデータをクラウド上で扱うことができます。属性情報が加わった形状データをクラウド上にアップロードすることで、属性情報が汎用的なリレーショナルデータベースの形式に変換可能になるため、Excelでも属性データを開くことができます。

また、複数のソフトウェアをつなげるプラグインが数多く開発され、データを共通化する試みが進み始めているように見えます。データの差異を乗り越えて使用することができるので、ユーザーのニーズは高くなり、結果的にその技術進化が進んでいるのだと思います。

こうした共通化の進展がBIMを建設業界に浸透させるための突破口になるのではないでしょうか。ITにそれほど詳しくなくても、プラグインを入れることでデータを共有化できますし、クラウドにデータを上げる過程で共有化のための変換作業を含ませることもできます。

共通化により、BIMデータを作ることに苦心していた時代から、ようやくBIMデータを使うことに苦心する時代へと移行しつつあります。今までは投資の時期でしたが、これからは収穫の時期だと思います。

とはいっても、プラグインやクラウドを使った共有化技術はまだまだ発展途上の段階です。このフェーズですべきことは、より多くの人が「とにかくBIMをはじめてみる」ことだと思います。はじめてみないことには何ができて何ができないのかもわかりません。BIMに限らず、新しいIT技術の導入に迷っている方がいれば、多少のリスクを覚悟し、「今日からはじめてください」とお伝えしたいですね。

BIMなどの先端IT技術に取り組む時期は早ければ早いほど良いはずです。IT技術は日々進化し、時には大きくかたちを変えるため、スタートするのに丁度良いタイミングといったものは存在しなくなりました。 「次世代の登場まで待とう」などと考えていたら、いつまで経っても導入できず、まわりからどんどんと遅れていくだけだと思います。

また、できるならば導入後の活用方法についてもある程度は考えておくことも大切です。たとえば、BIMを業務に実装するのは難しく、戦略的に考えないと、購入したけれど使わないという状態になりかねません。こういったリスクを回避するために「BIMの使い方を熟知した人材を確保しておく」などの検討が必要不可欠になります。そういったことを念頭に置きながら、できる限り早いタイミングでの導入を考えるのが良いのではないでしょうか。

BIMはCADの進化版ではなく 建設工程のすべてをつなぐ新しい技術

ここで、改めて「BIMとは何?」ということを簡単に説明します。建設業界はどちらかといえばアナログで、情報の伝達や施工技術などに関して人に依存するというところがありました。「BIMを取り入れる」というのは、それらの全てをデジタルに転換するもので、作業効率はもちろんのこと創造性や正確性といった内容をも含まれています。

BIMで実際に何ができるかというと、コンピュータや作成したデータが設計や施工をアシストしてくれるといったイメージです。例えば、間違いのない設計図が作成できる、各種シミュレーションによって建築の質を向上させることができる、より正確にコストを算定したり施工の工程を管理できる。施工現場でロボットを動かすにはデータが必要ですから、そのデータ作成をBIMで行うのです。

一方、BIMの使い方として間違っているのは、BIMをCADの進化版として扱うことです。3次元の建物をつくるには、3次元で考え、3次元で他者に伝達するのがベストですが、それができないために苦肉の策として2次元の図面を用いて伝達し、CADを使って図面を清書していた歴史があります。

IT技術の進化により、見た目だけでなく部材情報までも含んだ本格的な3次元データをつくれるようになったのがBIMですが、日本での現状は、この特性を活かしきれていません。 CADよりも整合性がとれて図面が描けるからBIMを取り入れるといったやり方ではなく、建築の3次元形状や属性データを活用するようになることが必要不可欠と考えます。

建設業界のIT化を進めるには設計の本質理解が必須 そういった資質をもった人材の育成こそ最優先

BIMはCADと混同されることが多いのですが、この2つはまったくの別物です。もし私がBIMしか知らない環境にいたら、2つの違いがよくわからず、BIMを生かすアイデアも浮かばなかったでしょう。

そんな私の半生を振り返ってみると、京都工芸繊維大学で工芸学部造形工学科を選択し、建築におけるコンピュータの利活用を扱う研究室に入った時点からCADやBIMの世界に足を踏み入れました。 その研究室で、教授から「設計とは何かを理解していないとCADソフトの開発はできない」と教わりました。ソフトウェアは設計者の行為を支援するものであり、その行為がどんなものであるのかを明らかにしないと本質的な支援はできないということです。

そういったこともあり、当時の研究室ではCADを設計製図だけでなく設計行為そのものを支援するツールとして研究し、一昔前では誰もが知っていた2次元CADソフトの原型を開発しました。さらに、当時では珍しい3次元CADソフトも開発しました。 「設計とは何か?」を突き詰めて考え、分析し実験を繰り返して開発・リリースをおこなっていました。そう考えると、CADは建築設計に関わった当初から非常に身近にあったツールといえます。この経験があったからこそ、CADとBIMとの根本的な違いが認識できているのだと思います。

現在わたくしは、熊本大学大学院先端科学研究部で准教授の職に就いていますが、研究だけでなく建設業界全体が活性化するための人材輩出に力を入れています。 これからのBIMを背負って立ってもらうからには、今の時代にあった学びが必須だと考えています。

形式的に教えるような手法ではなく、プロジェクトベースで学びを進めます。たとえば、「今回のプロジェクトでは、使い慣れたソフトウェアでは対処できない。であれば別のソフトウェアを試してみよう」といった具合です。ピタッと当てはまるソフトウェアに辿り着くまで試行錯誤を続けます。

こうした過程を経験すると、学生たちは一つのソフトウェアに固執するのは無意味だと気づき、様々なソフトウェアに興味を持ち、ソフトウェアの根本を学ぼうという考えに変わります。変化の多い時代においては、このような柔軟性が必須能力になるのではないでしょうか。

ちなみに、ソフトウェアの使い方は教えません。社会に出れば多くのソフトウェアを渡り歩くことになります。どんどん移り変わる技術の細かい内容を教えるのは無駄なので、どうすれば新しい仕組みを習得できるか?という点にフォーカスして学生の教育をしています。

こういった教育方法は、企業におけるソフトウェア導入のプロセスとも似ているはずです。製品を評価し、導入後の運用もふまえて購入するかどうかを判断し、導入後は活用段階に移行する。このプロセスを理解できていれば、どのような企業に入社しても大概のことはできるようになると思います。

研究室では、院生が私と同じような考えを持って学部生を教育するサイクルができてきました。うまく循環していると思います。この環境をさらに良いものとし、勘どころをつかんだ学生がたくさん育ち、全世界の企業で活躍してくれるようになれば嬉しいですね。

大和ハウスグループとの共同プロジェクトとBIMの未来

熊本大学は、BIMを使った施設維持管理において日本の大学内でもトップクラスの研究を行っています。その他のBIM関連分野でも企業から共同研究について声をかけていただくことも多く、その代表的なケースが大和ハウスとの取り組みです。

きっかけは2016年4月の熊本地震です。被災された方々は体育館などに一時避難することになりますが、そこでずっと生活するわけにはいきません。次のステップとして、まずは応急仮設住宅をできる限り早急に準備する必要がでてきます。

熊本地震の際、昔ながらの手法で応急仮設住宅の配置や設計の図面を書き起こしていくプロセスがあったのですが、その流れを見ていた時に「BIMを活用すれば、この設計を自動化し、一瞬で完了させることができるのではないか?」と気づきました。

普段からプレハブ住宅建設用のBIMデータを整えておけば、災害の発生時でもすぐに配置計画を実行できる。そうした考えにいたった際にタイミングよく大和ハウス工業からお声をかけていただいたという感じです。

大和ハウス工業からの相談は「BIMで建築物の維持管理を行いたい」といったものでした。そこで、「震災時のプレハブ配置計画から設計施工、さらには維持管理までを一気通貫で行うプロジェクトをスタートしませんか?」と逆に提案をさせていただき、そのアイデアに賛同いただいたかたちです。

その後、一般社団法人「プレハブ建築協会」の幹事を務める大和リースにも参画いただき、2018年6月頃から研究を開始します。当初は想定ほど上手く進まないこともありましたが、学生なども交えて話合いを進めた結果、2019年4月より「BIMを使ったフルオートメーションの応急仮設住宅づくり」へと本格的に研究を移行することができました。

短期的なゴールは、仮設住宅の配置計画を自動化することです。まず自動測量によって点群データに変換した敷地内の高低差データをBIMに読み込みます。その後、高低差を加味して仮設住宅を配置できるようにプログラミングします。
将来的には、配置したあとの設計も自動化できるので、実施図を書き、数量を拾い、プレハブの部品を自動的に調達できるところまで視野に入れながら研究を進めています。

こうした話をすると「BIMを使えるようになると、住宅プランも自動的につくれるようになりますか」という話を聞かれることもあります。しかし、それは不可能かもしれません。BIMが担えるのは、これまで人間が行ってきた作業をコンパクトにすることです。人間のクリエイティビティを阻害せず、むしろその能力を拡張するようなことがどこまで可能なのか。その境界線を見極めたいというのが私の目標です。

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