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深刻化する職人不足に対し、「社内大工の育成と環境整備」という戦略で挑む建設会社がある。福島県福島市に本社を構える、会津建設株式会社だ。
同社は2015年から本格的に、高校や専門学校を卒業した新入社員を大工として採用・育成している。その育成の“心臓部”とも言えるのが、入社1年目の社員が実践を通じて学ぶ「訓練棟」だ。
なぜ同社は、これほどまでに人材育成に力を注ぐのか。そして、若手は現場で何を学び、何を感じているのか。ANDPAD ONE編集部は、1年生が手掛ける訓練棟の上棟作業が行われると聞き、その現場を訪れた。
挑戦と実践の場。1年目が“刻み”から“上棟”まで担う訓練棟
福島市内の資材置き場の一角に、その「訓練棟」はあった。一見すると建設途中の木造住宅だが、これは販売用ではない。すべては、入社1年目の大工たちが基礎的な技術を実践で学ぶための “実物大の教材” だ。

上棟当日、クレーン車も入り本格的に作業が進む(写真左)。訓練棟の木材加工のために1年生たちが制作した手板(ていた)(写真右)。
星さん: 訓練棟の取り組みが始まったのは7年前の2018年からです。社長の芳賀は、訓練棟を始めた理由として「自分たちで刻んだもので建物をつくれるように、実践を積める場が必要」と話していました。当時は、大工として入社した若手の者たちが親方の手伝いに来ても、材料の名前すら知らない状態でした。それではいけない、と訓練棟での取り組みを始めたんです。

若手大工の指導係を担う、会津建設株式会社 工事部 木工課の星 佳男さん。この日、訓練棟での指導をしながら現場を案内してくださった
同社の育成カリキュラムは徹底している。1年生は4月に入社すると、まず座学で「手板(ていた)」と呼ばれる大工の作業用設計図の書き方や、カンナやノミといった道具の扱い方を学ぶ。その後、6月から9月にかけて、自社の加工場で墨出し(木材に加工位置の印をつける作業)と木材加工を実践する。

同社の大工育成にかける強い意志を感じられるのが、同社がセミプレカット方式を採用している点だ。多くの工場で採用されているオールプレカット方式では、木材加工のための印をつける「墨出し」の作業は不要。大工に求められるのは、プレカット工場であらかじめ加工された木材を現場で組み立てる作業が中心だ。しかし、同社が採用するセミプレカット方式の場合は、大工には墨出しの知識や技術も必要になる。大工の技術継承の根幹となる工程を、機械に頼らず、あえて大工が手掛けるようにしているのだ。加工場を案内してくれた、ご自身も元大工である橋本さんは、その意図をこう説明する。
橋本さん: 墨出しは、大工の技術を継承していくうえで非常に大切な工程です。オールプレカットを前提にしていると、大工は墨出しもできなくなりますし、現場で必要になるちょっとした加工もできなくなってしまう。特にリフォームや増築の場合、既存の建物には必ず癖(歪み)がついています。それを理解した上で、墨出しの段階で建物の癖に合わせて木材加工に微調整を加える技術が求められるんです。

会津建設株式会社 プレカット加工課 課長の橋本貴之さん。当日、突然の来訪にも関わらず加工場の様子を丁寧に説明していただいた
こうして10月、1年生たちは自分たちで加工した材料を使い、訓練棟の着工に入る。基礎はあらかじめ用意されたものの上に、土台敷きから建て方、そして上棟までを一貫して行う。その後も屋根板貼り、金物の取り付けといった作業を学び、完成した建物は、翌年の春、新しく入ってくる1年生とともに解体される。まさに、実践のサイクルだ。

訓練棟は、同じ基礎の上に毎年異なる建物が建つ。同社の設計部の方が、毎年趣向を凝らして設計しているという
さらに、近年では新たな試みも始まっているという。
佐藤さん: 2024年からは、棟梁目前にあたる10年目と7年目のメンバーが、訓練棟内に和室をつくる実習も始めています。2〜3月の積雪がある間に自分たちで木材を加工しておき、春になるとそれらを用いて、親方の指導のもとで本格的な和室の施工を行うのです。

会津建設株式会社 常務取締役の佐藤将康さん。「今年もここまでできるように育ったか」と、訓練棟の作業の様子を眺めながら感慨深げ

和室実習の指導にあたる伊藤さん(写真左上)は、年齢を重ねたことで健康上の不安も抱えたタイミングでの指導開始だったという。後進育成の意義と必要性が生じ、指導に取り組み始めた
「いつか親方に」——訓練棟で汗を流す若き大工たちの本音
今回の上棟作業にあたっていたのは、今年入社した1年生の3名と、指導役の先輩大工たちだ。作業の合間を縫って、1年生と、彼らに近い世代である6年目の先輩にお話を伺った。
祖父に憧れて大工へ。小さな頃からの夢を叶える——沖野 初果さん(1年目)

会津建設株式会社 沖野 初果さん
──なぜ、大工職人の道を選ばれたのでしょうか?
沖野さん: 祖父が大工で、自宅も祖父がつくってくれました。そのことがきっかけで、小学校低学年の頃からずっと大工になりたいと思っていて、福島工業高等学校の建築科に進みました。
──大工になる上で、会津建設様への入社を決められた理由とはなんでしょう?
沖野さん: 高校の同級生の間でも、「大工になるなら会津建設だよね」という雰囲気がありました。自分のクラスは32人中10人が大工志望でしたが、実際に大工の道に進んだのは5~6人です。

──入社後、ベテランの大工職人の方々からはどんなことを教わっていますか?
沖野さん: 「仕事をする上で、コミュニケーション力は大事だよ」ということをいつも言われています。技術面だけでなく、仕事への姿勢についても先輩から学べる環境だと感じています。
半年以内に段取り力をつけるのが今の目標——橘 優輝さん(1年目)

会津建設株式会社 橘 優輝さん
──同年代の仲間がいることでよかったと感じるのはどんなときですか?
橘さん: 年齢が近い同期がいるので、ちょっとしたことでも質問しやすくて助かっています。例えば加工場で作業しながら、「ここってどうすればいいんだっけ」と同期同士で気軽に相談できるのがいいですね。
──お仕事のなかで、やりがいを感じるのはどんなときですか?
橘さん: できなかったことが、できるようになったときです。材料を加工しているときは、これらを本当に組み立てられるのかと不安もありましたが、実際に今日上棟してみて、組み上がっていく実感を持てて、やりがいを感じています。

──「いつまでに、こうなりたい」といった具体的な目標があれば、ぜひ教えてください。
橘さん: 自分は段取り力や、次を見越した動き方がまだ弱いと感じているので、半年以内にその点を強化したいです。
──ご自身の課題を的確に言語化され、具体的な目標に落とし込めているのは素晴らしいですね。それも、同期として入社した方々との関係性のなかでこそ見えてくるものなのかなと感じました。
きれいな仕上げができる親方になりたい——柳 優歩さん(1年目)

会津建設株式会社 柳 優歩さん
──会津建設様へのご入社の決め手について、教えてください。
柳さん: 会社見学で訪れた際に、雰囲気がとてもよかったことと、案内をしてくれた方を含め、どの方もフレンドリーでした。くだけたコミュニケーションが取れて、いい意味で気を使わずにいられると感じたからです。入社した今もその印象は変わりません。
──ベテランの大工職人の方々から教わったことで、特に印象的だったことは何でしょうか?
柳さん: 自分は他の2人よりも少し早く、1月からアルバイトとしてお手伝いをさせてもらっていました。その際に見た親方たちの上棟現場が衝撃的で……ものすごいスピードでテキパキと動き、その中に入るのも怖いと感じるほどでした。
──入社直後にその道の最先端の技術とスピードを目の当たりにできるというのは、今後のご自身の成長において素晴らしいご経験だったかと思います。今後の目標について、ぜひ教えてください。
柳さん: まずは、実際の現場で1棟、建てることに関わりたいです。ゆくゆくは親方を張れるようになりたい。かつ、自分は仕上がりや細かいところが気になる性格なので、そこも活かしながら、きれいに仕上げていける親方になりたいです。

「今、仕事は楽しいですか?」という質問に「楽しいです!」と満面の笑みで答えてくださったことが印象的だった
何よりもお客様のため。責任感のある親方に——佐藤 大志さん(6年目)

会津建設株式会社 佐藤 大志さん
さらに、彼らの少し先を行く先輩、6年目の佐藤 大志さんにもお話を伺った。
──年齢の近い方が同じように働いていることで、どんなときによかったと感じますか?
佐藤さん: すぐ上に年の近い先輩がいるので、質問しやすく本当に助かっています。一方で、後輩もどんどん入ってくるので、いい意味で焦りも感じますね。「他の人と同じくらい、自分もミスを減らさないと」とか。
──焦りを成長の原動力に繋げられているのですね。佐藤さんは実際の現場にも出られているかと思いますが、どんなときにやりがいを感じますか?
佐藤さん: 図面通りにきれいに仕上げられたときはもちろんですが、やはり引き渡しのときにお客様と直接お会いしたときですね。「この人のためにつくったんだ」ということが実感でき、大きなやりがいに繋がっています。
──最後に、今後の目標について教えてください。
佐藤さん: 親方のように、責任感を持って現場を仕上げられるようになりたいです。一番は、お客様に喜んでもらえる家づくりをし続けたいですね。


入社から6年を経た佐藤さんの言葉からは、これまで積み重ねてきた実践と経験に裏打ちされた、確かな重みが感じられた。
指導役の星さんは、「一人前と言えるのは、指示されたことを、何も聞かなくてもその通りやれる状態。それにはやはり10年はかかる」と語る。技術の継承が難しくなる現代において、訓練棟での実践経験は、彼らが「一人前」になるための、何物にも代えがたい土台となっている。

安全と成長を両立させる。「間違うことは大事」と語る指導哲学
訓練棟の現場で目を引いたのは、その安全対策の徹底ぶりだ。建物は強固な先行足場で囲われ、墜落防止用のネットが張り巡らされている。大工職人たちは全員がフルハーネスを正しく着用している。

佐藤さんは、「実際の現場とまったく同じ安全対策を、訓練棟でも施しています」と胸を張る。同社が安全配慮を徹底し始めたのは2010年頃。大工の本格採用を始めた2015年には、すでに高い安全基準が確立されていた。この徹底した安全管理は、技術習得の前提であるだけでなく、「高校を卒業したばかりの我が子を送り出す親御さんの安心感にも繋がっている」という。

一方で、指導役の星さんは「間違うことは大事だ」とも言う。
星さん: 今日のように、実際に上棟してみると間違いが見えてくるんです。具体的には「ほぞ穴の位置が違っていた」などということですね。それはつまり、墨出しの段階から間違っていたということ。その間違いに、現場で、自分たちで気づくことが重要です。どうしようもないものは木材加工からやり直しますが、そうでない場合の現場でのリカバリーの仕方、例えば、ほぞを少し小さくして穴の範囲を調整する、といった技術も教えます。そうした実践的な知恵も、間違うからこそ学べる。身になるんです。

もちろん、「指を落とすとか、そういう命に関わることは事前に厳しく伝えて未然に防ぎます」と星さんは付け加える。安全という絶対的な土台の上で、失敗を恐れずに挑戦させる。それが会津建設の指導哲学だ。
星さん: 伸びるのは、やっぱり自分で気がつく子、気が利く子。そして、やる気があってコツコツ継続できる子ですね。たとえ今、伸び悩んでいたとしても、5年、10年とやり続ければ必ず追いついてくる。何より、やり続けることが大事です。

「職人不足」という言葉が叫ばれて久しい建設業界において、会津建設は「自ら育てる」という確固たる意志で未来への種を蒔き続けている。訓練棟で見た若手大工たちの真剣な眼差しと、彼らを支える揺るぎない育成の仕組みは、業界の未来は決して暗くないことを示唆していた。
後編では、このユニークな育成戦略を牽引する、会津建設株式会社 代表取締役の芳賀さんにインタビュー。大工が「稼げる」ための独自の制度設計から、経営者が「安全」にコストをかけるべき理由、そして「人材育成を核とした経営戦略」の全貌に迫っていく。

訓練棟を背景に、記念撮影
| URL | http://aizukensetu.co.jp/index.html |
|---|---|
| 代表者 | 代表取締役 芳賀一夫 |
| 創業 | 1953年 |
| 本社 | 福島県福島市南中央3丁目2番地 |
















