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~前編~職人育成塾の挑戦

〜前編〜職人ファーストの人材育成プログラムに迫る

伝統的な専門工事業の担い手である職人不足により、技術・技能の継承が困難になりつつあることを受け、職人文化・ものづくり文化を担う人材を育成するために2016年に香川県高松市で設立された一般社団法人 職人育成塾。国土交通省並びに厚生労働省の支援を受けて、国家プロジェクトとして若年世代の建設業離れを抑制し、優秀な職人の育成を目指したプログラムになっている。同時に、地元高松市塩江町を発信地として、地域と共に学び、地方創生にも積極的に取り組んでいる。現在、9期目を迎えている同塾の代表理事・岡村真史氏と、専務理事・落合祐輔氏にインタビューを実施。前編では、同塾を発足した背景、カリキュラム内容について伺った。

岡村 真史氏
一般社団法人職人育成塾 代表理事
オフィスビルや商業施設、病院、学校等あらゆるタイプの建物の内装工事を手掛ける新⽇本建⼯株式会社の代表取締役社長。デジタル技術の活用や、将来を担う有能な技能工へ成長する、若手技能工育成プログラム「ヤングジャパン」にも積極的に取り組んでいる。

落合 祐輔氏
一般社団法人職人育成塾 専務理事
建築物の耐火断熱材、左官工事業、内装仕上工事業など幅広い工事を手掛ける株式会社日建商会 代表取締役社長。多能工育成にも注力している。

INDEX

 

職人育成塾とは 内装職種9業種10社が集結し、職人育成を目指す

内装業種における職人育成を目的として、2016年に設立された職人育成塾。現在、134名の卒塾生を輩出し、職人育成の場として貢献している。1期ごとに定員20名で38日間のカリキュラムとなっており、9つの内装・設備職種の道具の使い方から、施工実技講習、さらには各種建設業に必要な資格取得までサポートしている。厚生労働省主催の建設労働者緊急育成支援事業として、受講料は無料だ。現在では県外からの入塾者は約3割を占めている。車での通学が困難だという県内塾生や県外の塾生向けに宿泊できる寮も用意している。寮は、高松市からの支援で近隣にある温泉旅館を利用し、地元の祭りにもスタッフとして参加したり、制作物を寄贈したりと、地域住民との関わりも密接であることもポイントだ。

岡村氏: 四国は人口減少率が全国平均の10倍早く、若い世代が県外に流出してしまうことが、兼ねてから問題視されていました。それに加え、職人の魅力を伝える場をつくりたいという想いから、当塾を設立することに。教育という観点で学校という場所もちょうどいいと思い、旧塩江小学校跡地を廃校の有効活用もかねて高松市のご協力により研修施設として利用しています。

内装職種9業種10社から成る同塾だが、入塾後に自分に合った業種を選ぶことができるカリキュラムが魅力。しかし、それぞれの業界団体の思惑もあることから、業種を越えた組織形成は一筋縄にはいかなかったという。それを実現に導いたのは、岡村氏の職人への熱い想いだった。

岡村氏: 業種を越えた連携をしようとしてもなかなか難しい。この業界の直面している問題を紐解いていくのには非常に苦労しました。しかし、建設資材メーカーの賛同とご協力を得ることができ最終的には開塾に繋げることができました。メーカー側にとっても職人が増えなければ材料が出ていかないし、新しい技術も生まれない。さらには、各業種で求人募集しても全く歯が立たない状態で、どの事業者も頭を悩ませていました。結局のところ、職人が現場での技術の伝承や品質向上、安全管理に取り組んでくれているから建設業界が成り立っているという『職人ファースト』の考えを共通認識として持つこと。まずはこれからを担う若者や未就業者に建設業に魅力を感じてもらい、業界全体の就労者数を増やすことが肝心であるという想いを訴え続けました。その結果、同じ理念をもった人が集まり、垣根を越えた横の繋がりが生まれた非常に珍しいケースだと思います。会社数も限られますし、元々業種間での面識もあったので、地方だからこそできたところもありますね。地方創生という観点でも重要な取り組みになっていると思います。

一般社団法人職人育成塾 代表理事 岡村 真史氏 

落合氏: 私がこのプロジェクトに魅力を感じたのは、一人でも多くの人を建設業に入れたいという岡村さんの想いに共感したから。そのためには、縦割の業界の概念を壊して横の繋がりをつくる必要がありました。もちろん、各団体が自分のところの職人を増やしたいという気持ちは同じですが、入塾後に自分に合った職種を選択するカリキュラムなので、それぞれの授業で自分たちの業種をアピールしていけばいいわけですしね。若年層の未就労者は約200万人いると言われていますから、若い世代に魅力を伝えて建設業界に入ってもらいたい。そのために、9業種全てを体験してから選択できるようにすることで、ミスマッチを減らし離職率を下げるという狙いもあります。外国人技能実習生に頼り過ぎてしまうと技術の伝承が難しくなってしまうので、外国人技能実習生と若い世代の職人の両輪でやっていけるのが理想ですね。

職人育成塾では通学が困難な塾生のために宿泊施設も用意し、談話室など、コミュニケーションの場も設けています。同期の塾生同士の関係性構築もできるため、卒塾後に連絡を取り合ったり、同じ現場に入ることもあるのも心強いようです。仕事はもちろん休憩時間などでもコミュニケーションが取りやすく、現場もスムーズに進むので、現場のハブ的存在になっていくことも期待していますね。

一般社団法人職人育成塾 専務理事 落合 祐輔氏

さまざまなバックグラウンドをもった入塾者をサポート

入塾者の年齢は10〜50代と幅広い。また10代で生活保護を受けて手に仕事をと門戸を叩いた塾生や、夜間の子供との時間を確保しようという思いでナイトワークから建設業に転身を目指すシングルマザーなど、バックグラウンドもさまざまだ。そのため入塾にあたっては必ず面談を行い、一人ひとりと寄り添い、キャリアアップのサポートを行なっている。

岡村氏: 家庭の事情など背景も含めて、当塾をきっかけに変わってもらえたらと考えています。ご年配の方でもやる気のある方には入塾いただいて就職斡旋もしているので、年齢や性別などは関係なく、2ヶ月間で建設業というもと手に職をつける魅力に気付いてもらい、社会で活躍できるようサポートを行っています。

落合氏: 昔は職人と言えばやんちゃな人が多いイメージでしたが、近頃の傾向として全体的に大人しい性格の人が多いですね。引きこもりで悩んでいたり、それこそ切実な思いをもってやってくる人もいらっしゃいます。実際、2ヶ月間寝食を共にして変わっていく姿を見ると、われわれも充実感がありますね。正直、いろいろなバックグラウンドがある方々が集まるのでトラブルや事故などもあります。しかし、せっかくこの機会で変わりたいと思って入塾されているので、全力でサポートしていきたいですね。

建設業の魅力とやりがいを伝え、職人の育成、雇用促進を目指すという目的で始まった同塾だが、ただ職人の雇用促進をするというだけでなく、入塾者の人生の転機のサポートにも繋がっていることに、同塾の果たす役割の大きさと、運営に携わる人々の本気が窺える。



自分の適性を見極め、職人になってから役立つ実践に則したカリキュラム

同塾のカリキュラム内容は、前期・中期・後期に別れ、座学と実習に分かれており、経験豊かなベテランの職人から指導を受ける。座学で幅広く知識を学んだ後、さまざまな内装仕上げ業種を体感してから2~3業種選択して自分の適性を見極め、より専門的な技能を学んでいく。内容については毎回少しずつブラッシュアップしており、選択前はあくまでそれぞれの業種のアウトラインを知り、肌で感じてもらうことで、できるだけ選択肢の幅を広げて、自分に合った業種を選択しやすくしている。

落合氏: 優秀な人材は取り合いになるので、いかに自社の業種に興味をもってもらうかという、授業内容の質を向上させるための教える側の良い競争も生まれています。建設業に入ってほしいけど、できれば自分の業種に入ってほしいというのが本音ですから、授業内容をいかに面白くするかという自助努力にも繋がっています。

岡村氏: これは、業界全体にとってプラスになることで、全員でスキルアップしている感じですね。誰でも魅力のある産業に入りたいと思うのは当然のこと。強引に振り分けてしまっては、その職人が不幸になるだけですからね。

また、経営層や職長が講師を務めているので、事前に顔が見えるということも塾生にとっては大きなメリットだと思います。就職時に初めて職長に会うよりも、先に対面して話ができるということで選択の幅が広がりますし、就職前に関係性が構築できていれば、現場にもスムーズに入りやすくなるので、お互いにとって良いですよね。

職人育成塾の校舎内。塾生が施工したモックアップ。

また、今後の建設業がどのようにアナログとデジタルを融合した世界になっていくかというデジタルの教育については、業種ごとにインプットを行なっている。

岡村氏: 未来の建設業の姿として見せておくことは大事だと考えています。内容についてはそれぞれの業種に任せていますが、地方は不便だからこそ、今後デジタル化によってプレカット技術などを活用して現場での加工を減らしていく世界観は目指していかなければならない。アナログで残す部分以外は最適化・高効率化していかないと、労働人口が減少するなかで賃金をキープしながら休みを増やしていくことはできませんからね。

そして、カリキュラムの後期では、「内装業の3種の神器」とも言われる玉掛け技能、高所作業、足場組立をはじめとする資格を取得できるのも大きなポイントだ。9業種にわたって活用できる資格を保有していることで就職後、現場での仕事もスムーズに進められることから即戦力になるというのは、企業側にとってもメリットが大きく、就職にも有利になる。

このように、職人になってから役立つ実践に則したカリキュラムを受講することで、職人としてのキャリア形成の土台をつくることができるのだ。

続く後編では、業界の根深い課題でもある女性就業者増加を目指した取り組みや、卒塾後一人前の職人になるためにどのようなキャリア支援を行なっているのかについて深掘り、今後の課題と展望を伺っていく。

>>~後編~職人育成塾の挑戦

一般社団法人 職人育成塾
URLhttp://www.shokuninjuku.com
代表者代表理事:岡村 真史
設立2016年11月
本社〒761-1612 香川県高松市塩江町安原上東365
取材・編集:平賀豊麻
ライター:金井さとこ
デザイン:安里和幸
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