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本シリーズ「能登半島地震 復興とDX」では、ANDPADを活用しながら能登半島の公費解体に取り組んでいる解体事業者「株式会社宗重商店」と、全国から応援に駆けつけた協力解体会社の方々、そして被災者の方々へのインタビューを通して、現場の声を届けて復興とDXについて考えていく。
Vol.2では、宗重商店 代表取締役の宗守さんに公費解体プロジェクト全体の振り返りと公費解体にかける想いについて伺った。Vol.3では、公費解体に携わる宗重商店の各キーパーソンから話を伺い、公費解体で発生する業務を現場目線で見てきた。本記事では、今まで伺ってきた話を踏まえながら、復興とデジタル技術の活用について深掘りしていく。
復旧・復興フェーズで重要なこと
「防災DX」、つまり災害対応に係るさまざまな場面でのデジタル技術の活用は、デジタル庁を中心に国も力を入れて取り組んでいる分野だ。防災DXにはさまざまなテーマがあるが、「関連死を防ぎ、速やかに元の生活に戻す」という点でも、復旧・復興フェーズにおけるデジタル技術の活用は重要である。いかに早く、効果的に被害から立ち直るプロセスを進めるかが問題だ。
Vol.1~3で見てきたように、災害時には膨大な事務作業が発生する。また、復興にまつわる工事にはスピードも求められる。突如発生する業務に対して、人手不足の問題もつきまとう。
ANDPADのようなクラウド型建設プロジェクト管理サービスが、被災地の復興で役立てる部分は何か。
本取材を通して、公費解体の進捗率が高く能登半島全体の復興を牽引する宗重商店に話を伺ったことで、そのヒントが見えてきた。「効率化」「品質」「記録」という3点を軸に、取材対象者のそれぞれの言葉を紹介しながら、ANDPADが貢献できた部分についてレポートする。
現地に行かなくても現場の状況が分かる
公費解体をメインで主導する環境省や石川県は、スケジュール管理について、下記の方針を出している。
◆中間目標の設定では、発災から1年となる年末までに 『景色が変わった』と、実感していただけることが重要
◆事業進捗の見える化により、被災者の方々が復興に向けて進捗している実感を持っていただけるよう後押しします
参照:「公費解体の加速化に向けた対応方針」石川県・環境省
http://kouikishori.env.go.jp/archive/r06_shinsai/efforts/pdf/r06_shinsai_info_240722_01.pdf
この方針には、被災者の立場から考えても「進捗の見える化」が重要であることが言及されている。解体の班数は2024年の6月から600班稼働しており、10月からは1,000班を超える解体班が現場に入っている。つまり、能登半島地震における公費解体の現場は日々約1,000件以上動いているなかで、関係者は進捗を正確に把握することが求められている。
ANDPADを活用するメリットのひとつに、現場の進捗確認がスムーズになる点が挙げられるだろう。宗重商店の代表の宗守さんは「日々の進捗率が、金沢にいても大体わかる。この大量の案件の管理を、昔みたいに紙をベースにやっていて、ANDPADを使っていなかったらと思うとゾッとする」と話す。
進捗が「見える化」すると、現場の進捗を確認するために監督者が現場を見に行く移動の手間が減ったり、進捗確認のために協力会社に電話したりするなどの手間が減る。何より、各現場から上がる報告がANDPAD上にデータとして残ることで情報の属人化を防ぐとともに、関係者全員が情報にアクセスできるのも大きい。
今回の公費解体を請け負う一般社団法人石川県構造物解体協会の副会長を務める宗守さんは、県や市、産業資源循環協会が参加する工程管理会議に毎週参加している。そこで、ANDPADから得ている情報を報告しているそうだ。
宗守さん: 写真を見れば、「この現場は建物がなく、明日には整地が完了する」など状況がすぐに分かる。先日、県庁から「穴水の進捗が一番進んでいる」と評価いただいていたのですが、ANDPADが大きなアドバンテージになっています。
また、穴水町のブロック長である堀田さんは、公費解体が完了する度に、報告書を1軒ごとに作っている。現場の写真や産業廃棄物の搬出の記録をまとめた台帳作成には、1軒で約100枚の写真を使うそうだ。この台帳作成もANDPADで行っており、「効率的につくれるので、非常に助かっています」と堀田さんは話す。
さらに経営管理室の瀬戸さんや堂平さんは、進捗管理がANDPAD上で行える利点として、工事完了後の支払いを効率的にミスなく行える点を挙げた。
瀬戸さん: 全国から集まった協力会社に対して、実績に即して的確にお支払いをすることが、モチベーションを維持していただくうえでも極めて重要です。穴水町だけで毎日50現場以上動いているので、その全ての情報を追うのは大変ですが、元請けの責務として支払いをミスなく行いたいと思っています。工事が終わったら、「写真と一緒に完了報告を上げること」を職人さんたちにはお願いしているので、その報告を見れば、請求起算日が分かるのは便利です。職人も日々現場の作業で忙しいので「報告を忘れて、月末をまたいでしまった!」ということもたまにあるのですが、報告写真を追えば「この現場は確かに月末までに完了している」という判断もできます。
堂平さん: もしANDPADが定着していなかったら、行政への書類の提出や協力会社への支払いの事務作業は、正直追いついていなかったと思います。
現場作業の効率化と品質、両方を高める
ANDPADの活用は、元請けの管理業務が効率的になるだけではない。現場の職人たちも、現場住所の確認や壊す範囲の確認、日々の進捗報告、写真の共有などをスマホひとつで行えるようになる点は大きい。わざわざ紙の図面を持ち込んだり、現場でKY(危険予知)報告の書類を作成したり、写真を後から整理して送る必要もなくなる。
特に、公費解体は通常の解体工事とは違い、産業廃棄物の運搬をすべて記録しなければならないため、ANDPAD黒板を活用して、アプリで撮影するだけで電子黒板付き写真の撮影・管理ができる点は大きなアドバンテージになっている。現地を回った際には、「準備されている黒板を選ぶだけなので、簡単」との声も多く聞こえてきた。
また、作業が効率的になるだけでなく、現場の品質向上にもデジタルツールが役立つことは多い。取材で、何度も話題に上がったのが、三者立会(現場立会)の情報の引き継ぎだ(※)。
公費解体が始まった4月から、最初のチームとして穴水の現場に入っている株式会社TMコーポレーションの高田さんは「被災者の方や補償コンサルタントと宗重商店さんが話し合った内容は、ANDPADを見れば分かるので、現場の状況を把握し作業を進めるうえで非常に役立っている」と話す。
高田さん: 特に、写真に直接、どの範囲まで工事で壊すのか・何を残すのか、といった情報が書き込まれているので、図面を見るよりも直感的に分かりやすいです。
同じように土田建材株式会社の布施さんは、重機オペレーターの目線からスマホひとつで案件概要を確認できる利点を話していた。
布施さん: 重機に乗っている中で、確認したいことが出てくる度に紙の図面を広げるのは結構手間で、ANDPADで確認する方が断然に早いです。また、図面を読み解き、次の自分のアクションを想像できる人もいれば、必ずしもそうではない人もいます。図面というのは、どうしても経験や技量によって解釈に差が出てしまいがちですが、ANDPADなら同じ写真を見ながら他の作業員と話せるので、楽に意思疎通できています。
仙台から来ている仙周工業の山田さんは、宗重商店から届く「会社からのお知らせ」を常時チェックして、担当現場の品質向上に役立てていた。
山田さん: 他現場で事故が起きたり、行政からの指導があったりすると、宗重商店さんから通知があります。解体現場は振動と工事の音でポケットにスマホを入れているとなかなかすぐに通知に気づくことができませんから、私は、Bluetoothを使ってスマホとイヤホンを連動させて、通知音ですぐ気づくようにしています。通知があればすぐに見て、現場の職人たちに伝えています。
取材で訪れた8月、職人たちは汗だくで作業をしていた。解体現場は粉塵が大量に発生するため、空調服を着ることは躊躇われる。空調服が粉塵を吸い込んで服の中に粉塵がまとわりついてしまうからだ。肉体的にも精神的にも過酷な現場ではあるが、デジタルツールによって、職人たちの負担を少しでも軽減できればと思う。
DXを進めてきた宗重商店の歴史
DXは、「ツールを導入すること」とイコールではない。ITツールの導入はスタート地点であり、そこから変化を起こしていくには、人が介入して、ツールを使う風土を培っていかなければならない。現在、宗重商店が公費解体でANDPADを最大限活用しているのも、2020年の導入後に社員一丸となって推進を進めてきたからである。
宗重商店では、2020年の導入後、夕礼を廃止してANDPADでKY(危険予知)報告を行うことを徹底。2021年は、ANDPADの利用や報告品質を指標にした「ANDPAD CUP」を開催するなどして、「ANDPADが当たり前に使われる文化」をつくってきた。
現在は、軽微な破損も含めて現場の事故が100%報告される環境をつくっている宗重商店。同社で工事課長を務める新保さんは、ANDPAD導入後の変化について「望んでいたことが実現できた」と話す。
新保さん: 事故に対して大小をつけるのは良くないですが、ANDPAD導入前は紙を使った報告の手間からか、数千円のちょっとした破損、軽微なものは本部に報告が上がっていないことがあったんですよね。そのためANDPADを入れた次年度は、現場の状況が「見える化」されて、事故件数が大幅に増えました。でもそれは決して悪いことではなく、事故の大小に問わず軽微な破損も事故もすべてが可視化されたともいえます。
2021年は軽微なものも含めた事故件数が大幅に増えたが、2022年以降、案件は増えているにも関わらず事故件数は大きく減少した。
新保さん: 事故が起きたら、ANDPADですぐに全体に周知できるようになったのは、とても大きいです。解体工事に限った話ではないですが、建設工事では他現場で事故が起きたら、すぐに周知することが重要だと私は考えています。報告があれば、一度手を止めて、自分たちが行う次の作業のKY(危険予知)を改めて行うことで、慢心を抑え、同じ事故が発生することを予防できるからです。
社内の利用が定着したことから、2023年からは協力会社の利用浸透を進めていったという。今よりも、より良い変化を起こすために。公費解体で協力会社の職人たちが問題なくANDPADを使い、県から穴水町の解体工事の品質に対して高い評価を得ているのは、こうした努力の連続のうえで成り立っているといえるだろう。
瀬戸さん: 公費解体の現場でANDPADを使うかどうか、という話は一切しなかったですね。ANDPADを使って仕事をすることは当社においては既に当たり前になっていたので、「使うかどうか」ではなく、最初から「どう使うか」の話をしていました。初期に幹部で穴水に視察に行ったときも、自然とANDPADで「穴水視察」という案件をつくって、写真を保存していました。
公費解体の現場において、宗重商店では、まず新規入場者への説明を必ず行う。新規入場者はそこで、ANDPADの利用方法や、現場でのANDPADを用いた業務ルールを理解することになる。
瀬戸さん: 今回の公費解体で初めて一緒に仕事をする協力会社の方もたくさんいます。トルコ人の方もいたり、60歳を超えているベテランの人がいたり、色々なバックボーンの人がいる。けれども、全員が毎日ANDPADで写真を撮って報告してくれており、こちらとしても非常に助かっています。
記録と記憶を残していく〜DXの価値は社内の効率化だけに留まらない〜
最後に、デジタル技術の活用の意義について「記録」の面から見ていく。2024年の1月に取材した際に、瀬戸さんは「今回のプロジェクトの『記録を残していく』ことも、我々の役目だと思っています」と話していた。
現在、宗重商店では、担当した案件の情報がすべてデータで残っている。2025年の10月には、穴水町の解体推定棟数である約2,500棟と、さらに2024年7月から応援で入ることとなった志賀町、9月から応援に入っている輪島市で参加した、現場のすべてが宗重商店のANDPADの環境に蓄積される。三者立会の情報や、施工中の写真、かかった工期、起きたトラブルなど……それらは、今後の復旧・復興対策へ、きっと参考になるはずだと、金沢市の本社で穴水チームの公費解体のバックオフィス業務を支援する堂平さんは話す。
さらに、取材を進めていくなかで、デジタルアーカイブとしての「記録」の価値以外にも「ANDPADがあって良かった」という声が聞こえてきた。それはクラウド上に記録が残ることによって、体験を共有できるという点だ。
現在、ブロック長を務める堀田さんをはじめ穴水のチームは能登に常駐しているが、金沢市を中心に平時の業務を担当する社員は公費解体の現場には関わっていない。しかしANDPADを通じて、穴水の現場で闘うチームの様子に触れ続けることができている。
新保さん: 地震が起きた時、私は金沢市内にいました。地震から半年以上経っているので、当時の記憶が薄れていっている部分があるのは事実です。しかし、穴水の現場に同じ工事課の社員が赴いているということで、ANDPADに上がってくる写真も気になりますし、リアルタイムで見なくても、全て記録としてANDPADに残っているので、気になれば見に行くこともできる。
もしANDPADがなかったら、同僚が能登に行っているとはいえ、私も含めて金沢のメンバーは復興について触れるタイミングがニュースだけになる可能性もありました。そうすると、復興に対する距離感について、他県の人と変わらないくらい遠い存在になっている社員がいても不思議じゃないです。
ただ、今はANDPADを通して公費解体の様子が見えるので、私自身も時々、能登のこと、公費解体に携わるメンバーのことを考える機会ができています。
堂平さん: 私は祖父母が能登半島の輪島出身で、父も輪島出身です。災害当初は、テレビの情報しかなく、触れている情報でいうと、他の金沢市内に住んでいる人と違いはなかったと思います。ただ、当社の社員が被災地に物資を届けた時の写真(Vol.2)などを見て、被災者の皆さんの置かれている環境がリアルな体験として伝わってきました。
昔、私が学生時代にお世話になっていた先生が、東日本で復興の活動をしていたのですが、「最初の1,2年はいいが、10年経つとみんな忘れていく」と話していたのをよく覚えています。今回の能登の地震について、「自分も10年後に忘れてしまうのかな」とふと思ったんです。でも、そうならないようにしたい。
今はANDPADを通して、リアルタイムで写真や状況を見ているのですが、すごく心に響くことがあります。立会記録などを見て、「ここは被災した人が亡くなられた家である」ということを知ると、つらい気持ちにもなるんですが、それも含めて知っていかないといけないのかな、と。
今回のプロジェクトの記録や記憶を「自分たちがちゃんと残して伝えていかなきゃいけないんだ」と今は思っています。
業務効率化、品質の向上、そしてプロジェクトの記録。平時と不可分のDXが災害復興の現場で発揮されるさまざまな価値について、関係者の話から見えてきた。宗重商店では、ANDPADをフル活用することで、進捗と品質を両立させながら公費解体を進めている。
また、代表の宗守さんは、今回の公費解体の取り組みについて「今までで最も社会的意義の高い仕事」と捉えており、参加している社員も、そのように感じて欲しいと話していた。そして、金沢や滋賀の営業所にいるメンバーには、仲間たちが復興の最前線で闘っていることを応援して欲しいと伝えている。
公費解体の現場に赴いた社員と、金沢、滋賀で通常営業を行っている社員とでは、震災からの2年間で全く違った経験をすることになるが、文化の分断や断絶が起きることは避けなくてはいけない。メンバーが仕事で感じたことはANDPADだけで埋まるものではないが、ANDPADを介して公費解体の現場の社員の奮闘や、景色を写真とともに全社員で共有、追体験できることで、少なからずつなぎとめる鎹(かすがい)となっているはずだ。
これまで宗重商店の関係者を中心に話を伺ってきたが、続くVol.5では、現場に入る協力会社の職人の声を紹介していく。
URL | https://munejyu-kaitai.com/ |
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代表者 | 代表取締役 宗守重泰 |
創業 | 1939年 |
本社 | 石川県金沢市畝田西1-112 |