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大工が社員の“3分の1”を占める地域密着の工務店。若手大工の育成・定着を実現した秘訣とは

〜後編〜大工が安心して将来を描ける労働環境の整備に尽力し、大工の社員化に成功

少子高齢化の進行により、建設業界の担い手不足に歯止めがかからない状態が続いている。総務省が発表した国勢調査によると、2020年の「大工」の人口は約29万8000人。40年前の1980年の大工就業者が約94万7000人だったのに対して、約3分の1の水準まで落ち込んでいる。新築・リフォームともに「大工不足のために着工できない」といった未来が差し迫る危機的状況だ。

この状況を打開すべく、岡庭建設株式会社では15年ほど前から「大工の社員化」に取り組んでいる。前編では、同社の家づくりへのこだわりや、池田さんが長年続けている情報発信や、建築業界の有志とともに尽力している社会活動について紹介した。後編では、社員大工を育てていくために、同社が取り組んできた就業環境の整備や、教育制度・評価制度の構築について詳しく紹介していく。

池田 浩和 氏
岡庭建設株式会社 専務取締役
同社の設計に主に携わり、太陽熱、長寿命、木を活かしたエコ住宅を手がける。2010年グッドデザイン賞、2015年キッズデザイン賞、2016年ウッドデザイン賞受賞。JBN・全国工務店協会副会長、東京家づくり工務店の会理事、全木協東京都協会会長他、工務店団体の役員も務める。

INDEX

 

2008年から大工の社員化をスタート、現在は大工が社員の3分の1に

同社では、現在13名の社員大工が活躍している。年齢構成は、10代が2名、20代が5名、40代が4名、70代が2名だ。社員40名のうち、社員大工は3分の1を占めるまでに増えてきている。

池田さん: 70代の大工2名は、会長の弟子にあたる一人親方たちです。人気のある棟梁で長くお付き合いをしてきたのですが、インボイス制度の開始を受けて、「当社の社員になったらどうか」とお声がけをし、雇用が決まりました。今後は後進の育成にも携わってもらう予定です。ちなみに当社の会長はもう90歳近いのですが、今も会社の近くの現場に顔を出して「ここをもっと丁寧に」とアドバイスをしていますよ。

2008年に1人目の社員大工を採用し、以降断続的に1〜2名の大工を雇用している同社。なぜ社員大工を育成しようと思ったのか、そのきっかけを池田さんに伺った。

池田さん: 家づくりの主役ともいえる大工さんが、労働環境に不安を感じることなく、技術を高めていける環境をつくりたいと思い、大工の社員化を考えはじめました。ただ、工務店で大工を雇用している事例は少なく、実現は難しいと感じていました。

これまでの大工は、「俺の背中を見て学べ」が当たり前の世界でした。そのやり方で育ってきた大工は、仕事の教え方が分かりません。放置された新人は、どうすれば成長できるのかが見えてこないので結局辞めてしまいます。また、工務店経営者の大半は、設計や営業、現場監督の出身者です。私自身も大工の経験がないので「長く働いてもらうためにはどうしたらいいか」「どんな技能をつければいいのか」が分かりませんでした。

池田さん: しかし、あるときに参加した大工の育成を検討する会合で、大工の技能と職能を細かくレベル分けした表を目にしたのです。建設キャリアアップシステム(CCUS)のベースになるような内容だったのですが、「この表をもとに大工を育成し、評価をしていけば、自分で教えられなくても大工の成長を促せるかもしれない」と感じたのです。

CCUSレベルを参考にした独自の評価制度を構築

CCUSでは、建設技能者の「知識・技能」「経験」「マネジメント能力」を評価し、技能レベルを4段階に分けている。同社は、このCCUSの技能レベルを参考にした独自の認定制度「おかにわマイスター制度」を構築。昇給制度と連動させて、レベルが上がると給与もアップしていく仕組みを整えた。

CCUSは、就業履歴の蓄積や資格の登録によって、建設技能者の技能を見える化し、適正な処遇を受けられるようにする仕組みだ。CCUSの利用状況は、2023年8月時点で技能登録者126.2万人、事業者登録数23.7万社となっており、徐々に登録数は増えてきている(*)。しかし、「就業履歴の蓄積がスムーズにできるようにならないと、CCUSを広く普及させるのは難しい」と池田さんは語る。

*出典:建設キャリアアップシステムの利用状況(2023年8月末)「国土交通省」

https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/const/content/ccus_data_tourokusu.pdf

池田さん: CCUSでは、日々の就業履歴を蓄積するために、IDが付与されたICカードを使って入退場を記録します。現場事務所を設置するような大規模工事であれば、ICカードリーダーや顔認証システムを事務所に置いて就業状況を記録することは可能でしょう。ただ、当社のような工務店では現場事務所を置くことはありませんし、現場監督も毎日常駐しているわけではありません。現場からカードリーダーやPC等が持ち去られる危険性もありますし、何より全現場に機器類を設置してネット環境を整備するとなると、その経費が大きな負担になります。

そこで、私は普段から利用しているANDPADに就業履歴の蓄積ができないかと、アンドパッド担当者に相談を持ちかけました。ANDPADとCCUSが連携できれば、「おかにわマイスター制度」もより運用しやすくなると考えています。

池田さんの提案を受け、現在、CCUSと連携する新たな機能を備えた「ANDPAD入退場管理」の開発を進めている。ANDPAD入退場管理は、スマートフォンのGPSにもとづいて現場への入退場をリアルタイムで記録していくシステムだ。ANDPADのアカウントとCCUSカードのIDを連携することで、CCUSにも現場情報や就業記録を蓄積していく仕組みとなっている。同社には現在開発協力のパートナーとして、先行して試験利用を開始していただいている。


CCUS連携の概念図

「おかにわマイスター制度」では、技能のレベルをCCUSよりも高い水準に設定しているという。では、この制度にもとづいて育成した大工は、現在どの程度の技能が身についているのだろうか。また、技能や実績を評価する方法についても池田さんに詳細を解説していただいた。

池田さん: 入社6年目になる20代の社員大工が、木材の加工率が少ない住宅を一人で手がけられるレベルに成長してきています。大工一人ひとりの評価は、私を含めた役員3名と、「おかにわマイスター制度」でレベル4を獲得している、社内で「マイスター」と呼ぶ大工が判定をしています。全員で現場を見に行き、「ボードが貼れるようになった」「防水シートが貼れるようになった」「階段がつけられるようになった」……など、成長度合いを細かく確認しています。

現場で日々忙しくしていると、誰がどこまでできているかを把握するのは難しいですが、評価の結果を社内で蓄積するようになってからは、「この人はここの項目がまだクリアできていないから次に挑戦させよう」といった動きも可能になっています。

池田さん: 評価項目については、先輩大工とミーティングを重ねて試行錯誤しながらつくり上げてきました。例えばCCUSにはない「レベル1.5」を設けているのが「おかにわマイスター制度」のひとつの特徴です。これは、見習いから一人前になるまでの長い道のりで挫折してしまわないように、まず「レベル1.5」の段階で一度成長ぶりを評価するためのものです。 

池田さん: 先輩大工によると、「ここを突破すれば成長が早い」といったブレークスルーポイントがあるそうなので、そうした細かな成長の到達点も評価に組み込み、「ここまで来たから自分も一人前になれる」とモチベーションを高められるようにしています。また、レベル1〜4の給与レンジも社員に公開しています。現在レベル4で年収700万円程度の者もおりますが、頑張り次第で収入が上がっていくビジョンを見せることも、成長の後押しになると考えています。

ちなみに当社では、5年以上経験を積み、なおかつレベル2に到達した大工は、36歳以下の大工が技術を競う「全国青年技能競技大会」への出場権が得られます。今年は当社から2名の大工が参加しました。当日は社員のほとんどが仕事そっちのけでYouTubeの配信に張りつき応援していましたが(笑)、残念ながら今回は入賞を逃しました。結果はどうあれ、本人たちにとっても良い経験になりますし、社員全員で大工の成長を見守っていく雰囲気が生まれるので、参加して良かったと感じました。

就業環境の整備は、大工を社員化する上での絶対条件

人手不足の深刻化を受け、自社で大工を雇用したいと考える工務店も徐々に増えてきている。ただ、この採用難の時代、まず人員をどう集めていくか悩む会社も多いだろう。

池田さん: 当社では、工業高校や建築技能者の養成学校を卒業した人材を採用することが多いです。一部の学校とは就職連携をしてインターン生を受け入れており、インターンに来た学生をそのまま採用することもありますね。ただ、全くの未経験で飛び込んでくる人もいないわけではありません。実際に、文系大学出身の女性が「大工になりたい」と応募してきたこともあります。正直難しいとは思いましたが、「自分の家を自分で建てたい」という強い想いに打たれて採用を決めました。今は現場を引っ張る存在となって活躍しています。

若手から選ばれる工務店になるためには、「就業環境を整えることが絶対条件」だと池田さんは力を込めて話す。

池田さん: 「週休2日制」への変更は、採用活動に大きな影響をもたらしましたね。土曜日・日曜日を休みにしてからは応募も増えています。また、年金や社会保険、労働保険といった社会保障の整備も欠かせないポイントです。

就職を希望する会社の家づくりによほど魅力を感じていれば別ですが、やはり応募者が最後に気にするのは環境面だと感じています。就業規則を変えるまでに2年はかかりましたし、苦労もありましたが、一つひとつ地道に進めてきた結果、今があると思っています。

また、同社の正社員として働きながら「東京建築高等職業訓練校」に2年間通い、木造建築の伝統技術と技能を学べることも、若手に支持されている理由のひとつだという。

池田さん: 東京建築高等職業訓練校は、土曜日が通学日になるのですが、通学日は出社扱いとし、他の平日1日を休日にしています。つまり入社から2年間は、現場で働く日が週4日、通学日が1日、休日2日となるわけです。もちろん入学金や授業料は全額当社の負担です。また、当社では業務に必要な道具も全部会社で購入しています。道具をすべて自腹で揃えるのは、若手にとって負担が大きいですからね。

現場に出る日は、先輩について一通りの実務を経験します。マンツーマンでの指導になりますので、性格の合う・合わないも出てきますから、ときどき教育担当はシャッフルするようにしていますね。チャレンジさせたい業務が発生した現場に入れて、経験を積ませるケースもあります。

東京建築高等職業訓練校への通学に関して、同社が活用しているのが「一般社団法人 東京大工塾」が実施している大工育成プログラムだ。同社は「東京大工塾」の会員工務店として、若年大工数の増加と技術の継承を目指す活動に参加している。

池田さん: 東京大工塾は、株式会社ハウステックス(東京都杉並区)の佐藤義明社長が理事長を務める団体です。当社の社長が佐藤社長と親しく、東京大工塾を立ち上げる構想を聞いた際に「ぜひ参加したい」と会員になったと聞いています。

東京大工塾では、若手大工の育成だけではなく、現在棟梁を務めているベテラン大工の成長をサポートする研修も実施しています。例えば、当社のモデルルームでは「大工の話し方教室」を毎月開講しています。今の時代、「昨日教えただろ、何でできないんだ!」といった指導では若手はついてきません。相手の立場で考えた話し方・伝え方は、後進の育成に取り組む大工にとって欠かせないスキルです。これも業務の一環として、就業時間内で研修に参加させています。

一般企業において、就業時間内に研修を行うのは当然のことだが、建設業界においては「そんな時間と経費をかける必要はない」といった反応が返ってくることも少なくない。ただ、これから若手大工を育成したい、丁寧な対応で顧客満足度を上げたいと考えるのであれば、大工への教育投資は工務店経営にとって欠かせない要素となってくるだろう。

また、同社は社外のネットワークを活用し、「大工の社員化」によって生まれる課題の解決にも取り組んでいる。「社内で解決できないのなら、どんどん外に出てみるべき」と池田さんはアドバイスをする。

池田さん: 大工を社員として雇用すれば人件費が固定でかかりますので、「工事がないときがもったいない」といった声は良く聞きます。そこで、当社が所属している「一般社団法人 東京家づくり工務店の会」では、それぞれの会社の社員大工を貸し借りできるような仕組みを構築中です。自社の現場がないときに会員企業の現場で作業できれば、経費的にも、大工のスキルアップにもメリットがあると考えています。

JBNのホームページでは、JBNと連携している地域の団体を調べることができます。自社だけで解決できない課題が出てきたら、近隣の工務店が集まる定例会やワーキンググループに参加し、地域を巻き込んで新しいことに取り組んでみるのもいいのではないでしょうか。

 

やりがいや誇りを持てる家づくりが、大工の定着につながっていく

家づくりにやりがいを感じる大工が一人でも増えていくように、池田さんは常に新しいチャレンジを続けている。「大工」がいきいきと働ける環境をつくるために、工務店経営者はどんな取り組みをしていくべきだろうか。最後に池田さんに伺った。

池田さん: 大工と一口に言っても、今はいろいろな働き方が選べる時代になっています。例えば、プレカット材を現場で組み立てる「フレーマー」であったり、専門工事まで請け負える「多能工」であったりとジャンル分けも進んでいます。

そのなかで私たちは、「大工が誇れる家づくり」ができることを大事にしたいと考えています。プレカット材を順番に組み上げていく工法は、効率も良くコストも削減できます。大工の教育に時間をかける必要もないので、経営者としてのメリットは大きいでしょう。ただ、「自分の手で家を1軒建てられる技術を身につけたい」と考える若者には、家づくりに全体的に触れられる環境を用意してあげた方が本人の意欲が高まると思います。やりがいや誇りを実感できれば、結果的に長く働いてくれるものです。勤続年数が長くなればなるほど、教育にかかるコストも十分回収できるでしょう。

当社で働く社員大工は、自分の手で家をつくり上げ、お客様に喜んでいただくことに大きなやりがいを感じ、定着してくれています。今は、入社6年目の社員が先頭に立って現場をリードできるようになってきて本当に助かっています。若手を一人前の大工に育て、長く働いてもらえる環境を整えていくのは簡単ではありませんでしたが、私たちや先輩大工も「苦労した甲斐があった」と喜びをかみしめています。

自然素材を活かした木造建築に携わる楽しさや、お客様の笑顔にやりがいを感じられる大工を育てていきたい――そんな思いのもと、同社は経営陣や大工が一丸となって知恵を出し合い、就業環境や教育制度、評価制度の整備に取り組んできた。今その苦労が花開き、若手大工がいきいきと活躍しはじめている。また、業界団体や地域工務店とのつながりを深め、新たな発想を取り入れていく姿勢も成功につながったと言えよう。同社のように、自社にできることを着実に一歩ずつ進めることが、大工不足解消への糸口になるはずだ。

池田さんは現在、JBNと全国建設労働組合連合(全建総連)が共同で設立した一般社団法人 全国木造建設事業協会(以下:全木協)の活動にも参加している。全木協は、東日本大震災を契機に立ち上がった、災害発生時の仮設木造住宅建設に取り組む団体だ。

同社は、東京都で甚大な災害が発生したときに、全木協東京の代表主幹事工務店として先頭に立ち、仮設木造住宅の建設を進めていく役割を担う。全国から集まる大工・工務店関係者を束ねていくために、「有事のときにANDPADを活用できないか」とお声がけをいただき、現在具体的な内容について協議を進めているところだ。災害発生がないことを祈りつつ、万が一のときには全力で建設業界のみなさんのお役に立てるように準備を進めていきたい。


池田さんを囲んで。(左から)アンドパッド 平賀、池田さん、アンドパッド 原澤

岡庭株式会社
URLhttps://www.okaniwa.jp/
代表者代表取締役 岡庭伸行
創業1970年
本社〒202-0014 東京都西東京市富士町1-13-11
取材・編集:平賀豊麻
編集:原澤香織
執筆:保科美里
デザイン:森山人美、安里和幸
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