vol.1 非デジタルとデジタルの取り組みで実現した完工粗利率の改善と商圏の拡大
〜棟梁への権限移譲、監督業務の分業化、そしてANDPADの活用〜

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堀 将徳 氏
株式会社HORI建築
常務取締役

京都府・福知山市で、「木の家専門店」として自然素材にこだわった健康増進住宅に本気で取り組んでいる株式会社HORI建築。「生かされる家」の言葉のごとく、地域とそこに住まう人々に生かされることに深く感謝しながら、家族の幸福の城づくりを目指し、お客様・職人と三位一体となった家づくりに挑戦している。同社は「仲間とつくる現場」を強みとし、「HORIスタンダード」という現場美観への取り組みが高く評価され、住宅産業塾主催の「魅せる現場コンテスト」で3年連続総合最優秀賞を受賞して殿堂入りを果たすなど、業界をリードし続けている存在だ。今回は、現場責任者である常務取締役・堀将徳氏にインタビューした内容を全3回に分けてご紹介。第一回目は、職人が主体的に関わる未来塾について、どのように職人を巻き込み現場美観を実現したのかについて迫る。

“未来塾”を毎月開催して 職人の愛社精神を育む

創業以来、国産のヒノキやスギ材をほぼ100%使用し、構造材、断熱材、塗壁や漆喰に至るまで自然素材にこだわり続けるHORI建築。マイナスイオン優位な状況をつくる抗酸化工法を取り入れ、電磁波対策にも力を入れるなど、人間が住みやすい環境をつくる健康増進住宅に本気で取り組んでいる。
そして、自然素材にこだわった家づくりへの思いを共有し、つくり上げる「仲間とつくる現場」が同社最大の強みだ。どの会社も経営理念を掲げているものの、実際現場で作業をする職人にまではなかなか伝らずに、形骸化してしまうことも少なくないが、同社の社員はもちろん外部の職人までしっかり浸透し、HORI建築を通じての仕事に対する誇りも培われ、同じ目標に向かうパートナーとしての関係を築いている。
そのなかで、同社唯一の現場監督として活躍しているのが堀氏だ。建築系専門学校を卒業後、石川県金沢市にある工務店で1年間木造住宅の基本を学んでから、2009年に父である社長・堀昌彦が経営する同社に入社。現場見習いから経験を積み、パートナーとの関わりと大事にしながら「仲間とつくる現場」づくりに愚直に取り組んできた。現在は常務取締役として年間平均24棟を監督する現場責任者を務めており、いずれは社長の意思を引き継ぎ、同社の未来を担う存在だ。

同社の家づくりのスローガン「生かされる家(すまい)」を記された構造材

外部パートナーとの良好な関係性構築に大きく寄与しているのが、HORI建築“未来塾”(協力業者会)という、社員と協力業者、職人同士が信頼や幸せを共有するために毎月開催している研修会だ。お客様がどんな思いで家を建て、それがどれだけ嬉しいことなのか、またどれだけ不安があることなのかを共有し、職人の意識を高める場として、「良品質施工」、「現場きれい」、「好印象マナー」の3つの基準で毎月テーマを決め、現場における課題解決や行動指針について議論している。家づくりの最前線に立つ職人が、現場でお客様から受けたご意見や喜びの声などを社内に届ける、いわば会社の先端に立っているということを踏まえ、現場に立つ職人のことを「先端」と表現する。「末端の職人」という表現がされているのを建設業界ではよく耳にしますが、同社ではあえて末端という表現を使わないようにしている。

堀氏: 「コロナ禍で開催ができなかった時期もありましたが、13年間毎月開催しており、経営理念の共有や愛社精神を浸透させる場として貴重な機会になっています。特に、若手育成の観点で、実際に現場で作業する方には極力未来塾に参加していただき、会社とお客様、現場とお客様のコミュニケーションや関係性を共有する場にしています。
この未来塾は職人で構成される安全衛生協力会とともに運営しており、毎回協力会の役員がテーマを決めて、参加者全員でグループディスカッションを行います。当初は社長がトップダウンでやっていましたが、ここ数年はチームで各々自発的に取り組む風土ができてきて、職人たちが自ら企画し、一緒に現場で働く方々にテーマを与えて研修を行なうスタイルが確立されています」

株式会社HORI建築 常務取締役 堀 将徳 氏

そして、上記の3つの基準のなかでも、同社の特徴が最も表れているのが「現場きれい」という現場美観の取り組みだ。現場美観は職人一人の頑張りでは実現することができず、設備や建材、電気工事に至るまで全てのパートナー企業の協力が必要となる。一朝一夕では成し得ない現場美観の意識づけと習慣化を、どのように現場を巻き込み、浸透させていったのだろうか。

棟梁を連れ立って他社視察し 悔しさをバネに「HORIスタンダード」を確立

堀氏: 「2007年住宅産業塾に入塾したことをきっかけに、魅せる現場づくりとして「現場きれい」をスタートしました。現場美観に取り組んでいる他社の現場を視察し、すぐに当社にも取り入れてみたもののなかなかうまくいかず、10年くらいかけて今の基盤ができました。そのなかで、現場をきれいにしていくための指標をつくってほしいと現場からの要望を受けて「HORIスタンダード」というマニュアルをつくりました。こうした現場美観のマニュアルは、HORI建築発祥だと自負しています。自分たちで決めたからには実行しなければと、職人の方々が自発的に取り組んでくれる土台ができました」

すると、業界からも注目されるようになり、以前ANDPAD ONEでも取材させていただいた寿ホームズ様など他社にもマニュアルを公開するように。ところが、翌年開催された住宅産業塾主催の「魅せる現場コンテスト」で、同社は一次予選でまさかの敗退。現場美観について指南した寿ホームズ様が優勝という結果だった。マニュアルをつくったというところで満足してしまい、他社の追随を許してしまったのだ。

堀氏: 「それから積極的に他社の現場を視察させていただき、そこで得たことを未来塾で発信していきましたが、会社側からの一方的なお願いになってしまい、なかなか職人を巻き込むことができませんでした。そこで、寿ホームズ様の現場視察に棟梁を連れて行くことに。棟梁にとっては同業者の仕事ぶりが刺激になったようで、「これなら自分たちにもできる」と奮起し、これをきっかけに現場美観に協力してくれるようになりました」

「魅せる現場コンテスト」での惨敗の悔しさをバネに、職人をはじめとするパートナー企業を巻き込み現場美観に真正面から取り組むと、翌年には総合最優秀賞を獲得し、さらに3年連続受賞により殿堂入りを果たした。マニュアルだけで形骸化した取り組みではなく、プロセスから職人を巻き込み協力を得たことで、現場美観に対する意識が浸透し、行動を徹底させることができたことが結果に繋がったのだ。チーム一丸となって目標を達成できたことで、職人とのパートナーシップはより一層強固なものに。その後、全国より同業種、異業種を合わせ100社を超える企業が同社の家づくりの現場を視察に訪れるなど、業界をリードする存在となった。

HORI建築のエントランスには「魅せる現場コンテスト」の表彰盾が多く展示されている。

現場美観の意識改革を行い、職人との“横請”の関係性を構築

現在は50社ほどのパートナー企業とともに同じ思いをもって取り組んでいる同社だが、パートナーに求めるレベルは非常に高い。例えば、現場の清掃は1日に5回、さらに現場周辺の清掃活動も1日に2回、棟梁を中心に現場に立つパートナーが日々行っているというのだから驚きだ。さらにお客様や建築現場の近隣住民からクレームがあれば、社長直々に厳重注意をすることも。現場美観においては単純に仕事が増えるだけで報酬に見合わないと不満を抱く職人も少なからずおり、過去には会社の方針と折り合いがつかず、同社とのパートナー関係を解消した業者もいたという。

堀氏: 「個人的には現場の掃除代を払ってでもやってもらったほうがいいと思っていたのですが、社長が、「お願いをしてやってもらうものではなく、この取り組みの目的や意味を理解してもらいたい」と、お客様からお金をいただいてやっているという根本の部分を解いていった結果、職人の方々が現場美観の大切さを感じてくださり、請負金額を上げることなく取り組んでいただけるようになりました」

こうした現場美観についての根本的な意識改革を行うことで、本当の意味での浸透に繋がった。

堀氏: 「社長からはずっと「お金の流れは元請と下請の関係ではあるが、職人はパートナー。上下ではなく、“横請”の関係だ」と言われてきました。われわれは職人などパートナーのことを下請ではなく、“横請”と呼んでいます。パートナーに対してそういうスタンスで接している社長の背中をずっと見てきたからこそ、お互いなくてはならない存在として、良い関係性を築けているのだと思います」

先端、横請という表現だけでなく、OBと表現される過去にご契約いただいたお客様のことをホームオーナー(HO)と呼ぶなど、言葉づかいからも家づくりに関わる行動原理や、全ての人に対する敬意が感じられる。こうした同社の姿勢があってこそ、「生かされる家」のブランドメッセージを体現する家づくりが実現できるのだろう。

次回は、“横請”と呼ぶパートナー企業や職人との関係性構築について、棟梁の価値向上の取り組みについて伺う。

株式会社HORI建築
https://www.hori-aa.co.jp/〒620-0808
京都府福知山市字土1117-122
代表取締役 堀昌彦
創業:1985年12月

取材、編集:平賀豊麻
ライター:金井さとこ