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都心部のベッドタウンでありながら、武蔵野の雑木林や野火止用水の清流が残り、自然環境にも恵まれている埼玉県新座市。そんな新座市で「自然に還るように、暮らす。」をコンセプトに掲げたコミュニティ型高性能賃貸住宅の建設プロジェクト「ケヤキファミリア」が始動した。
「ケヤキファミリア」は、「この土地の豊かな緑を後世へとつなぎたい」と考える地主一家の想いを出発点としたプロジェクトだ。地主一家が大切に育ててきた樹木やバラ、草花に囲まれた自然豊かな環境に、4棟の小さな賃貸住宅を建設する。コモンスペースとして、共同菜園・コモンガーデン・コモンハウスが設けられているのが特徴であり、入居者の暮らしが自室の中だけで完結せず、外の自然や空間へゆるやかに開かれていく暮らしを目指している。

埼玉県新座市にある「ケヤキファミリア」の建設予定地。豊かな緑と手入れの行き届いた庭が広がっている。
この「ケヤキファミリア」プロジェクトの事業コーディネートを手がけているのが、株式会社チームネットだ。同社は、「しあわせをデザインする」というビジョンのもと、「環境」と「コミュニティ」のふたつの要素を最大限に活かし、人と自然が調和する空間の創造に取り組み続けている。
今回は、チームネットの創業者であり、代表取締役会長を務める甲斐徹郎さんにインタビューを実施。チームネットの原点であり、甲斐さんの自邸でもある「経堂の杜」を見学させていただきながら、地域課題の解決と価値向上に対して建築事業者はどのように貢献していけるのかを探っていく。
前編では、コーポラティブ集合住宅「経堂の杜」の詳細をレポート。都市のなかでの環境共生を体現した「経堂の杜」から、豊かな暮らしとは何かをあらためて見つめ直す。
「経堂の杜」を訪ねて 「環境共生」をテーマに仲間とともにつくりあげた住まい
東京都世田谷区の真ん中に、樹齢150年を超える3本の大ケヤキに囲まれた地下1階・地上3階建ての集合住宅がある。チームネットが手がけた最初のプロジェクト、コーポラティブ集合住宅「経堂の杜」だ。

樹齢150年の大ケヤキ3本に囲まれた「経堂の杜」。世田谷区の住宅地とは思えない豊かな緑が広がっている。
コーポラティブ集合住宅は、入居希望者が建設組合を結成し、デベロッパーを介さずに、土地取得や建物の企画・設計、施工会社への発注を共同で行う方式の集合住宅だ。「自分が暮らしたい住まいを自分たちの手で実現する」との想いで「経堂の杜」プロジェクトはスタートし、数世帯の入れ替わりを経て、現在12世帯が暮らしている。
この「経堂の杜」のコンセプトになっているのが、甲斐さんが提唱している「コミュニティ・ベネフィット」だ。

株式会社チームネット 代表取締役会長 甲斐徹郎さん
「コミュニティ・ベネフィット」は、コミュニティを「目的」にするのではなく、コミュニティを「手段」にして、個人単位では実現できない価値(=ベネフィット)を複数人で生み出し、共有するというコンセプトだ。甲斐さんたちは「経堂の杜」プロジェクトにおいて、「豊かな自然環境のなかでの暮らし」を得るために、コミュニティを手段にして価値を得ている。
世田谷に森をつくって住む 樹齢150年の大ケヤキが生み出す天然の空調装置
「経堂の杜」の北側にそびえ立つのは、樹齢150年を超える3本の大ケヤキだ。
そもそも、「経堂の杜」プロジェクトは、「樹木を残したまま土地を活用したい」と考える地主との出会いがはじまりだったという。

もともと「経堂の杜」には、計5本の大ケヤキがあった。そのうち2本は、腐朽によって根元が空洞化してしまい、2022年に余儀なく伐採。伐採されたケヤキは製材され、経堂の杜の敷地で保管。5〜6年の乾燥期間を経たのちに経堂の杜の環境づくりに再利用される予定だ
甲斐さんは、既存の大ケヤキを中心としながら建物全体を覆うように更に新たな樹木を植栽し、壁面や屋上にも緑化を施した。夏の日差しを和らげる樹木を「天然の空調装置」として活かすために、「経堂の杜」ではパッシブデザインの設計手法を採用。集合住宅の全戸に風が通り抜けるように設計し、ペアガラスを使用して断熱性能の向上も図った。



では、樹木や草花は、実際にどんな効果を生んでいるのだろうか。「一緒に外に出て実験してみましょう」と甲斐さんに誘われ、外へ出る。

取材当日は、まだ猛暑日が続く9月上旬。じりじりと日差しが照りつけ、湿度も高く蒸し暑い。コンクリート付近の表面温度を計測すると38度。高い場所では45度を示していた。

しかし、「経堂の杜」の敷地に入って緑のカーテンの表面温度を測ってみると、なんと32度を示した。木々の間を通り抜けてくる風は涼しく心地良い。路面から発せられる38度や45度といった放射熱を受けることにより、体感温度が上昇していたことがわかる。反対に、植物によって周囲が覆われていれば、表面温度が抑えられるため体感温度も下がり快適だ。室内はエアコンも効いているが、豊かな緑が目に入ってきてくるので、より涼しく感じる。
甲斐さん: 樹木が緑のカーテンになって日光を遮ってくれるだけではなく、道路の放射熱から建物を守ってくれています。また、樹木や葉が地下から水を吸い上げ、それを気化するときに気化熱を放出して周囲の空気から熱を奪っていくことも温度を下げる要因になっています。外の環境が快適に整っているので、エアコンの設定温度を大幅に下げなくても部屋が涼しくなりますし、使用頻度も少なくできています。


地域猫も「経堂の杜」に涼みにやってくるのだとか。
世田谷の屋上で蜂を育てはちみつを採る 住民のリゾートガーデンとなった屋上庭園
次に、案内してもらったのは「経堂の杜」の屋上だ。そこには、都会のど真ん中とは思えない庭が広がっている。たくさんの実をつけたオリーブの木が風に揺れ、パーゴラの下には木陰が生まれている。
「天気の良い日は、屋上から富士山を一望できます。ここで飲むビールは最高ですよ」と甲斐さん。



「経堂の杜」では、竣工当時から屋上に30cmほどの土を盛り、緑化のための草花を植えてあった。樹木が生い茂る屋上庭園に、ある時、ミツバチの群れが迷い込んできたという。

2017年8月、「経堂の杜」の住民たちは、たまたま屋上に群れごと飛来してきたミツバチを「環境共生を追求して自分たちがつくりあげた環境がミツバチに評価された」と喜び、受け入れ、共生することを決めた。住民たちは養蜂に関して素人ではあったものの、学びながら、世田谷の集合住宅の屋上でミツバチを育てはじめたのだ。
「ミツバチのために」と、住民たちの手によって屋上庭園の環境はさらに整えられ、豊かさが進化していった。屋上庭園は、住民たちが自然と足を運ぶ「もうひとつのリビング」となって、今も大切に育まれている。


野菜畑やビオトープもあり、豊かな環境が広がっている屋上庭園
甲斐さん: 「経堂の杜」が持つ豊かな自然環境のポテンシャルを住民全員が理解し、その価値を実感しているからこそ、環境の保護や整備に時間を割くことが住民たちの「自分事」になっていると感じています。
「経堂の杜」で生まれたコミュニティは、住民同士で仲良くすることを目的としてつくられたコミュニティではなく、自分たちの暮らしのなかにある「共有の価値」を成り立たせるために協力し合っている関係性です。ですから、仲が良い・悪いに関わらず協力し合える状態ができ上がっています。この「経堂の杜」での体験が、多くの環境共生プロジェクトを生む原点となっています。

樹齢150年の大ケヤキ、焚火の楽しめる庭、養蜂ができる屋上庭園など……「経堂の杜」には、世田谷のど真ん中にあるとは思えない、豊かな自然と季節の移ろいを楽しめる暮らしがあった。住民たちは、あくまでも「自分の」心地良い暮らしのために、協力し合いながら自然を守り、育てている。まさに甲斐さんがコンセプトに掲げている「コミュニティ・ベネフィット」を体現した暮らしと言えるだろう。
後編では、数多くの環境共生プロジェクトを手がけている甲斐さんが考える、これからの時代の「豊かな暮らし」と「コミュニティ」について詳しく伺っていく。
| URL | https://www.teamnet.co.jp/ |
|---|---|
| 代表者 | 代表取締役会長 甲斐徹郎 |
| 設立 | 1995年 |
| 本社 | 東京都世田谷区代田5-35-26(下北沢オフィス) |
















