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シンエイ興産|能登半島地震復興・公費解体での誠実な現場管理とANDPADが支えた品質

東日本大震災の恩返しを胸にチームを支え抜いた情熱とリーダーシップ

目次

  1. 復興工事の原点。東日本大震災の恩返しと、穴水町の公費解体への参画
  2. 衣食住を整えることが「品質」の第一歩。ひたむきな環境整備と職長の背中
  3. 元請企業の信頼を担保する「門番」機能。圧倒的な報告数3,253件を支えたクオリティマネジメント
  4. 前夜のANDPADチェックが生む「段取り」と「安全」。月40〜50件の現場を回す現場力
  5. 効率よりも「心」を優先する職人の矜持と、仙台〜能登往復8時間を支えた「信頼のキャッシュサイクル」
  6. 仲間と共に建設業の未来を創る。人を大切にし、守り続けるリーダーシップ

ANDPADの利用状況をデジタルにスコアリングし、優れた活用を見せたユーザーを称賛する「ANDPAD AWARD」。今回は、日々ANDPADの報告機能を活用し、現場の可視化と確実な情報共有を実現したユーザーに贈られる「ベスト報告ユーザー賞」で全国第3位を受賞した、シンエイ興産株式会社 工事部 齋藤篤さんに話を伺った。

宮城県仙台市に本社を置く同社は、大型ダンプによる残土処理や運搬、土木工事などを中心に手がける。2012年の設立以来、東日本大震災の復興工事を原点にインフラ整備の実績を積み、2024年1月に発生した能登半島地震においても復旧の最前線に立った。同社の齋藤篤さんは、能登半島地震で石川県穴水町の公費解体を担当した株式会社宗重商店のもとでANDPADを活用し、協力会社として穴水町の公費解体に携わった。

当時30歳だった齋藤さんは、現場で最年少の職長として、ピーク時には宮城、福島、岩手など東北各地から集まった約7〜8班、40名もの混成チームを率い、約1年半にわたって現場の指揮を執った。見知らぬ土地、日常とは異なる緊張感が続く現場環境の中で、いかにしてチームのマナーや士気を高め、元請企業様や行政が求める高い品質を維持し続けたのか。本記事では、被災地でのマナー徹底やレクリエーションといった環境整備、被災された方の思い出の品に寄り添うといった細やかな対応と、ANDPADを活用した現場管理・リスク事前検知についてご紹介する。

復興工事の原点。東日本大震災の恩返しと、穴水町の公費解体への参画

──ANDPAD AWARD 2026 ユーザー部門「ベスト報告ユーザー賞」全国3位の受賞、誠におめでとうございます!はじめに、貴社の事業内容と社内体制について教えていただけますか?

齋藤さん: ありがとうございます。当社は宮城県仙台市に本社があり、大型ダンプを使った残土処理や運搬、土木造成工事をメインで行っています。近年では太陽光発電関連の造成工事などにも力を入れていますね。

社員数は20〜30人で土木を担当しており、ダンプは20台弱が稼働しています。従業員の平均年齢は60代で、人数構成でいうと約6割が60代です。創業時から会社を支えてくれているベテランの方たちが多く在籍しています。

シンエイ興産株式会社 工事部 齋藤篤さん

──ベテランの皆様が現場をしっかり支えていらっしゃるのですね。今回、能登半島地震における穴水町の公費解体工事に参画された経緯について教えていただけますか?

齋藤さん: 会社の成り立ちをお話ししますと、東日本大震災後の2012年、現在の代表である父が「地域の復興に貢献したい」と大型ダンプを仕入れて起業したのが当社の始まりです。つまり、インフラ復旧や復興工事こそが当社の歩みの原点なんです。

2024年1月の能登半島地震の発生を受け、当社も震災復興のお手伝いができないかと手を挙げていたところ、元請企業である株式会社宗重商店の瀬戸さんからお声がけをいただきました。宗重商店様が担当される穴水町の公費解体に、私たちも協力会社として参画し、現場でANDPADを活用しながら携わらせていただくことになりました。

──会社としてのルーツが復興工事にあり、その経験を活かして手を挙げられたのですね。

齋藤さん: はい。当社は東日本大震災の際に全国の多くの方々に助けていただいたので、「その恩返しをしたい」という強い想いがありました。当時、私はまだ高校生だったので直接復興工事に携わったわけではありませんが、今回は職長として現場を任せていただきました。

──現地にはいつ頃から、どのような体制で入られたのでしょうか?

齋藤さん: 2024年の7月頃から、まずは3班、15名ほどの体制で現地入りしました。弊社だけでなく、宮城や福島、岩手など東北各地の協力会社さんにも声をかけて一緒にチームを組みました。現地へ乗り込むにあたり、重機はこちらから持っていったり、現地でリースしたりして手配を進めました。

ANDPAD ONE編集部より

能登半島地震の復興の歩みを記した記事はこちらからご覧いただけます。

 

衣食住を整えることが「品質」の第一歩。ひたむきな環境整備と職長の背中

──見知らぬ土地、しかも被災地という特殊な環境でのお仕事は、想像を絶するご苦労があったかと思います。現場で特に大変だったのはどのようなことでしょうか?

齋藤さん: 作業そのものも体力を要しましたが、それ以上に心を砕いたのが「マナーの徹底」と「対人コミュニケーション」です。現場にはさまざまな背景を持つ人が集まります。娯楽も少なく心が休まりにくい環境が続くと、どうしても心身の緊張や疲れが重なり、宿舎でのルール違反(土足入場や指定外喫煙)や意見の食い違いによるトラブルが起きやすくなります。

──そうした環境の中で、齋藤さんは職長としてどのようにチームをまとめていったのでしょうか?

齋藤さん: 私が管轄するチームの従業員や協力会社さんには、当たり前のルールやマナーを口酸っぱく指導しました。意見がぶつかって討論になることもありましたが、妥協はしませんでした。最初は右も左もわからず、うまくいかないことも。自分が最年少の職長だったということもありますし、本当に初めての経験ばかりでしたから、ときには宿舎に戻らずに一人で車中泊をして、気持ちを切り替えるなんてことも。なんとか踏ん張りながら、現場の最前線に立ち続けました。とにかく、口で言うだけでなく、自分自身が率先して規律を守り、背中を見せ続けることで、チーム全体の品格を維持しようと必死でした。

──緊張感の続く環境だからこそ、チームの結束を高めるための工夫もされていたと伺いました。

齋藤さん: 気が張り詰めやすい環境だからこそ、「明日も頑張ろう」と思えるような心の余白を作ることが重要だと考えました。そこで、自社の予算を投じて、協力会社様を含めたチーム全員での飲み会や、大きなプールに行くなどのレクリエーションを主催したんです。ピーク時には8班ほど、総勢40名ほどの混成チームになっていましたが、こうした活動を通じて他社の垣根を取り払い、みんなで一つのチームとしてコミュニケーションをとれる場を作りました。一緒に仕事をするのが初めての協力会社様も多かったのですが、結果として現場での協力体制や安全意識の向上にも繋がったと確信しています。私がネガティブになると周囲にも影響するので、常に前向きな姿勢でチームを鼓舞し続けました。

ANDPAD ONE編集部より

シンエイ興産様は、宗重商店様の慰労会で発表された公費解体に多大な貢献をした企業や個人に贈られる「公費解体功労表彰」の「企業部門:チームワーク賞」にも選ばれました。

 

元請企業の信頼を担保する「門番」機能。圧倒的な報告数3,253件を支えたクオリティマネジメント

──ANDPADを活用した具体的な現場管理の手法について伺いたいと思います。齋藤さんの総報告数は3,253件、ピーク時には約40名、月40〜50件もの現場を並行して動かしていたとのことですが、日々の報告や品質の管理はどのように行っていたのでしょうか?

齋藤さん: 一次請けとしての責任を果たすため、同じチームの二次請けの協力会社さんからの報告内容は、すべて私が「門番」となって精査していました。毎日数多くの報告が上がってきますが、「元請企業である宗重商店様に届く時点でまったく問題がない状態」になるよう徹底したんです。もしANDPADにアップされた写真に不備があったり、安全管理上の問題が見受けられたりした場合は、その場ですぐに指摘して修正してもらいました。例えば、「いつもの黒板と違う」といった現場の細かな変化はもちろん、安全手順や適切な装備の確認など、妥協せずチェックすることで、現場全体の安全品質を高めていきました。

──不備にすぐ気づいて取り直せるというのは、重大なリスクを事前に検知・回避できているということですね。

齋藤さん: 日々リアルタイムで確認していれば、手遅れにならずその場で指摘できるんです。例えばアスベストが含まれる現場では、防塵マスクを正しく着用しているかを工程写真で記録するよう指示されていました。内装解体に入り、撤去作業を行っている最中にマスクを着用している写真をANDPADにアップしてもらうわけですが、写真を通じて現場の安全状況をリアルタイムに確認できます。もちろん、夏場などでどうしても暑さが厳しい時は「一度外に出てしっかり休みながらやろう」と声をかけていました。

──デジタルツールを現場に定着させ、報告精度を高めるために工夫された点はありますか?

齋藤さん: ANDPADの使用に関する運用資料に何度も目を通し、協力会社さんにもその重要性を事前にしっかり伝えることを徹底していました。慣れてしまえば操作は簡単なのですが、現場に乗り込んで入場教育を受けてすぐ使えるかというと、やはり最初、慣れるまでは難しい部分があります。ですから、使い方がしっかり分かっている人を各班に必ず1人は配置し、教えながら運用を進めました。

常に危機感を持ち、日々の写真を見て手遅れになる前に是正するサイクルを回し続けること。私たちが事前に行ったこの確認の徹底こそが、宗重商店様が行政から高い評価を受けた圧倒的な報告精度の土台になったのだと自負しています。

前夜のANDPADチェックが生む「段取り」と「安全」。月40〜50件の現場を回す現場力

──膨大な現場を回す中で、1日のスケジュールや段取りはどのように組まれていたのでしょうか?

齋藤さん: 日中は全現場を見回り、作業員の体調確認や、人員が足りない現場へのフォローに走り回っていました。瓦落としなど体力勝負の作業が多かったので、私も一緒に入って汗を流しました。そして夕方、宿舎に帰ってきてからが事務作業の時間です。翌日も立ち会いなどの予定が詰まっているので、前夜のうちにANDPADの情報をくまなくチェックします。宗重商店様が事前に入力してくれている住所や現場の状況、写真などを確認し、「明日の立ち会いで聞くべき事項」や「危険箇所」を洗い出しておくんです。重機が入れない狭い道があるなら、事前にミニの重機を手配しておくなど、現場での1日の無駄を省くための話し合いを前日のうちに完了させていました。

──ANDPADによる事前情報の可視化が、現場での判断スピードを上げていたのですね。

齋藤さん: その通りです。事前に情報が整理されているおかげで、不要な確認作業や話し合いの時間が一切なくなります。例えば「現場前の道路が狭くて大型重機が入らないから、ミニ重機を借りていこう」といった判断も前夜にできます。私たちにとって現場での「1日の遅れ」は非常に大きな損失になりますので、事前の段取りでタイムロスをゼロにできるANDPADの存在は本当に助かりました。また、40〜50人の作業員がいても、私は一人ひとりと日々コミュニケーションをとっていました。それぞれの作業レベルや得意分野、人間的な相性まで把握した上で、毎日の班の組み合わせや配置を細かく気を配って差配していました。

(左から)アンドパッドコミュニティマネージャー 平賀、齋藤さん

──能登半島の冬、特に2月は天候が非常に厳しかったかと思います。現場での安全管理や健康管理についてはいかがでしたか?

齋藤さん: 夏場の熱中症リスクもハラハラしましたが、冬場の事故がないかも常に懸念していました。屋根の上で積雪や凍結により滑る危険や、ダンプ運搬中の道路でのスリップ事故などですね。特に2月が一番大変でした。基本的に1月から3月は一週間ずっと雨や雪が降り続き、風も非常に強かったので苦労しました。それでも全員で安全意識を高く保ち続けた結果、幸いなことに重大事故ゼロで乗り切ることができました。

──具体的に、現場での危険周知や安全活動はどのように行われていたのでしょうか?

齋藤さん: 毎朝のKY(危険予知)朝礼で、事故を防ぐための具体策を話し合っていました。トラックの荷台から廃材が落下しないようシートの掛け方を徹底したり、パトロールを行って安全速度で走行しているかを確認したりしました。また、「もし道路に廃材が落ちていたら、自分たちの担当現場のものでなくても自発的に拾いましょう」と伝えていましたね。全体のお知らせや危険周知がスマホでいつでも確認できる環境があったことは、安全意識の統一に非常に役立ちました。

──寒さや雨が続く中で、体調管理はいかがでしたか?

齋藤さん: 風邪で1人休むといったようなことはありましたが、現場で病気が蔓延するようなことはありませんでした。万が一休む人が出ても、すぐに他の班から応援を呼べる体制を整えていたことが、私たちのチームの強みだったと思います。

 

効率よりも「心」を優先する職人の矜持と、仙台〜能登往復8時間を支えた「信頼のキャッシュサイクル」

──公費解体というスピードが求められる現場において、被災者の方々とのコミュニケーションで大切にされていたことはありますか?

齋藤さん: 私たちは常に被災された方とのコミュニケーションを大切にしていました。現場には、思い出の品や残置物がたくさんあります。高齢の方などは、ご自身で家の中から荷物を取り出すことができないケースも多いです。効率だけを優先すれば、残置物ごと一気に重機で一掃して更地にするのが一番早いかもしれません。しかし、被災された方々にとって大切な思い出が詰まった家です。ですから、私たちは、作業が少し遅れてしまったとしても、アルバムや写真、お金など、大切そうなものはお客様の意向を伺いながら優先的に救い出し、お渡しするようにしていました。

──穴水町の方々の心に寄り添うことを優先されたのですね。

齋藤さん: はい。更地にするだけでなく、被災された方の心に寄り添うことで、次の復興へのバトンを繋ぐことができるのだと信じています。大切なものをお渡しできたときに、「ありがとう」と笑顔で言っていただける。その感謝の言葉が、復旧の現場に立つ中で「この仕事をやっていて良かった」と心から思える一番のやりがいでした。

──その素晴らしいお仕事ぶりを支えていたものは何だったのでしょうか?

齋藤さん: やはり、仲間の存在が一番大きかったです。私は当時30歳で、職長としては最年少の部類だったと思います。周りは年上のベテラン職人さんばかりでしたが、みんなが私を立ててくれて、自社の社員のように協力して仕事を進めてくれました。仲間と志を同じくし、同じ方向を向いて前向きに取り組めたからこそ、地域の方々の気持ちに寄り添った丁寧な仕事を実現できたのだと思います。

──仙台の本社と能登の現場を長距離移動しながらの管理でも、ANDPADは貢献していたのでしょうか?

齋藤さん: 月末になると請求処理などの事務作業のために、仙台の本社まで車で片道8時間かけて戻る生活をしていました。そのような中、休憩時間や寝る前のわずかな時間でも、スマホ一つで全班の状況を把握し、報告の承認作業を進められたことは、管理の質を落とさないための大きな鍵でした。今振り返ると、本当に貴重でありがたいお仕事をさせていただいたと感じています。

スマートフォンからANDPADを開き、各班の作業状況を入念にチェックしていたという齋藤さん。

──その正確な報告が「支払い」に直結する仕組みも、チームを大きく支えたと伺いました。

齋藤さん: 公費解体の現場では、他のエリアの話を聞くと、支払いが60日後から90日後に延びてしまうようなケースもあったそうです。遠方から来ている協力会社さんにとって、2〜3カ月もの間、自社の資金を持ち出して立て替えるのは非常に困難な状況です。しかし、私たちが参加した穴水エリアでは、宗重商店様が「翌月末払い」という約束を徹底して守ってくれました。私たちがANDPAD上で完工の報告を上げれば、それを宗重商店様が確認し、スムーズに支払いへと連動する仕組みが構築されていたのです。請求書関係の煩わしさもありませんでした。「完了報告が支払いに直結する」という安心感は、私たちにとって本当に大きな支えでした。

──支払いの確実性が、職人さんのモチベーションや品質向上にもつながったのでしょうか?

齋藤さん: 間違いありません。「(宗重商店の)瀬戸さんが約束を守ってくれるから、自分たちも精度の高い報告を上げよう」「いい仕事をしよう」という、信頼のループが生まれていました。デジタルによる正確な報告が、元請企業様からの信頼を獲得し、協力会社さんへの迅速な支払いを担保する盾となったのです。また、工事が発生しない待機期間中も、遠方から来てくれている職人さんに給料が発生しないのは申し訳ないので、他の班の補修作業を依頼するなどして、職長同士で話し合いながら柔軟に人員を配置し稼働させる工夫もしていました。リスクの多い有事の現場において、職人さんたちがお金の心配をすることなく、迷いなく目の前の仕事に集中できる環境を創り出せたことは、このプロジェクトの大きな成功要因だったと思います。

仲間と共に建設業の未来を創る。人を大切にし、守り続けるリーダーシップ

──被災地の最前線でご尽力された齋藤さんですが、今後の会社としての展望や、読者の皆様へ向けたメッセージをお願いします。

齋藤さん: 今回の公費解体で、40〜50人もの仲間たちと同じ志を持ち、一つの大きな目標に向かってやり遂げた有事の共通体験は、私にとってかけがえのない財産になりました。今後も、会社として一番大切にしたいのは「従業員を守る」ということです。何かあった時に社員や協力会社さんを守れるよう、少しでも売り上げを上げ、1年でも長く会社として続いていけばという想いです。これから建設業界は労働人口が減少し、厳しい状況が続くと言われています。しかし、しっかりとしたマネジメント体制と一人ひとりの意識があれば、震災現場のような環境でも高いクオリティは維持できます。テクノロジーを使いこなしながらも、最終的には人を大切にし、何かあった時に応援できるような形にしていきたいですね。

──「人」と「テクノロジー」の両輪が重要なのですね。

齋藤さん: はい。一人では決して仕事はできません。仲間と志を同じくし、同じ方向を向いて前向きに取り組むこと。そのために、情報を透明化し、元請企業・協力会社・被災者を繋いで私たちを守ってくれたANDPADは、なくてはならない存在でした。これからも、人を大切にする背中を見せ続けることが、若手が憧れる建設業への第一歩だと信じています。

(左から)アンドパッド牧野、齋藤さん、アンドパッドコミュニティマネージャー平賀

未曾有の災害の最前線で、圧倒的なスピードと品質で復旧作業を完遂したシンエイ興産のチーム。その中心には、常に仲間の士気を高め、被災者の心に寄り添い続けた齋藤さんの姿があった。宗重商店が掲げた災害復旧モデル「宗重モデル」を、現場の最前線で「報告の精度」と「地域の方々への寄り添い」によって見事に具現化した齋藤さん。ANDPADを活用して日々の膨大な情報を正確に管理することが、迅速な支払いという安心を生み出した。

確かな技術に加えて、デジタルツールの活用による高品質な施工管理と、仲間を大切にするヒューマンマネジメント。協力会社の枠を超え、元請企業の理念を共に実現する姿は、同業種の方々にとってお手本になるはずだ。この両輪を回し続ける背中こそが、次世代の建設業が目指すべき理想の姿を体現している。

(左から)アンドパッド牧野、齋藤さん、宗重商店の瀬戸さん。ANDPAD AWARD 2026授賞式にて共に喜びを分かち合いました。

齋藤さん、この度は「ベスト報告ユーザー賞」全国第3位の受賞、誠におめでとうございます!
宗重商店様のご担当として、今回の受賞プロセスから取材、そして授賞式までご一緒させていただき、私自身にとっても大変光栄な時間となりました。取材でお話を伺い、見知らぬ土地での困難な環境下において、ANDPADを「門番」として駆使し、3,253件もの正確な報告を上げられたその徹底ぶりに改めて圧倒されました。
私が齋藤さんに最も凄みを感じたのは、40名の混成チームを牽引する力強いリーダーシップと、何より「人」を大切にする温かなお人柄です。現場の安全や品質を厳格に管理する一方で、被災された方の思い出の品に真っ直ぐ寄り添う誠実な姿勢に深く感動いたしました。
これからも、齋藤さんとシンエイ興産様のさらなるご飛躍を、ANDPAD担当として心より応援しております!

シンエイ興産株式会社
URLhttps://www.kensetumap.com/company/79707/profile.php
代表者齋藤新吾
設立2012年
本社宮城県仙台市青葉区千代田町4番26-403号
企画・取材: 平賀豊麻
編集・執筆: 齋藤夏美
デザイン: 横井香南、岩佐謙太朗
お客様担当:牧野圭佑
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