株式会社宗重商店(石川県金沢市)は、「被災された皆様に寄り添った解体工事をおこなう」をモットーに掲げ、能登半島地震における公費解体事業に取り組んできた解体工事会社だ。普段からANDPADを活用して施工管理業務の効率化を進めていた同社は、公費解体事業においても全国から集まった協力会社とともにANDPADを活用し、圧倒的なスピードで解体工事を進めていった。
前編では、公費解体事業における同社の初期対応やANDPADの活用方法、地域や協力会社といかに信頼関係を築いてきたかについて、詳しく紹介した。
後編では、平時からDXを進めてきた同社が確立した災害復旧モデル「宗重モデル」について深掘りする。人に寄り添い続ける「意思」と「デジタル活用」を組み合わせ、解体工事を牽引してきた同社の取り組みから、災害時におけるDXのあり方について考えていく。
「対話」をしながら段階的に協力会社への発注を削減
石川県が実施した公費解体事業において、同社が担当したのは石川県内でも被害の大きかった能登半島にある穴水町地区だ。2025年10月末時点、被害の大きかった6市町のなかで唯一、穴水町はすべての解体を完了している。
アンドパッドが取材に訪れた10月下旬、穴水町の解体完了率は98%と完了目前。当時は、協力会社への発注件数も少しずつ減ってきているころだった。事業規模の縮小にともない、協力会社には徐々に地元へ帰ってもらっているそうだが、一緒に頑張ってきた仲間に対して同社はどのような働きかけを行ったのだろうか。
宗守さん: いきなり全現場を終了するのではなく、例えば1社に3班いる協力会社であれば、まず2班にしていく…と段階的に縮小をしていきました。その後、1カ月ほどの準備期間をとって完全撤退していただいています。こうしたデリケートな話をする際は、ANDPADを介してではなく、協力会社さんとしっかり顔を合わせて話をさせていただきました。
瀬戸さん: それでも「なぜうちが先に?」と思われる協力会社さんもいますので、撤退の順番を決めるときには、ANDPADに蓄積されているデータを確認して、施工品質で客観的な説明材料を用意したうえでコミュニケーションをとるようにしました。

宗守さん: 最初に撤退してもらった協力会社さんは、全職員・作業員が集まる安全祈願祭と安全大会に2回遅刻してきたんです。「どれだけ技術力が高くても、ルールを守れない人とは一緒に仕事ができない」私はそうはっきり伝えました。協力会社さんの選定は、当社の社員に向き合うときと同じ考えを貫いています。

ANDPADと「人」の想いを掛け合わせ、新たな災害復旧モデルを確立
今回の公費解体事業プロジェクトにおいて、同社は被災者に寄り添う「意思」とデジタルツールを活用した「仕組み」を融合し、新しい災害復興モデルを確立したと言える。この「仕組み」づくりに深く関わった瀬戸さんに、あらためて今の想いを伺った。
瀬戸さん: これまでにない案件数と施工班を抱えた経験を経て、スピードと施工品質を両立するためには、やはり仕組みづくりが欠かせないと強く感じました。当社は、平時からANDPADを活用して現場管理をする仕組みがあったからこそ、今回のプロジェクトをやり遂げられたと感じています。



また、瀬戸さんは、同社のANDPAD運用ルールを協力会社にも徹底してもらうために、自身は「支払期日の厳守」をやり切ったと話す。
瀬戸さん: 今回、私たちはANDPADの利用を絶対条件にして協力会社さんに工事を発注しました。こうしたさまざまなルールや条件を守ってもらうためには、元請け企業側の管理能力がしっかりしていないと統制がとれなくなるものです。
そこで私が徹底したのが支払い期日の厳守です。協力会社さんには、月末に工事完了報告を必ず上げていただくのですが、その報告と当社で管理している現場情報をもとにダブルチェックを行い、月末で締め処理をして、翌月末に必ず支払いをしました。完了工事件数は約3,000件にのぼりましたが、一度も漏れなく処理を行っています。請求分が確実に支払われるのは、協力会社さんにとっても何よりの安心材料になると考えたからです。

瀬戸さん: 被災地の方々に寄り添い、「宗重商店で良かった」と思っていただくのはもちろんですが、協力会社さんたちにも「宗重商店と一緒に仕事ができて良かった」と思っていただくのが、私たち元請けの責任だと感じています。

瀬戸さん: 今回の大規模案件の管理は、平時の協力会社さんとの関係構築にも必ず活かせると思います。公費解体のために新しく作ったフローやルールも平時で活用できるように、来年以降しっかりと当社の仕組みに落とし込んでいきたいと思います。


「復旧」から「復興」へ これからも能登半島の未来に寄り添っていく
同社は、「復旧」は「元に戻す」こと、「復興」は「その先にある街の再建」だととらえている。公費解体事業は、まさに復興の第1段階にあたる、街の景色を取り戻す「復旧」を担う取り組みだった。同社は、この穴水町で培った経験と知見を、今後「宗重モデル」として広めていきたいと意気込んでいる。
宗守さん: 専門工事業者の団体が元請けとなり、一括で公費解体事業を請け負うモデルは全国でも初めてです。そのなかで私たちがスピーディに解体完了まで進めてきたノウハウは必ずほかの自治体でも役に立つと思います。
今後は、この「宗重モデル」を記録に残し、どこでも活用できるような仕組みにしていきたいと考えています。全国の皆様からたくさん応援をしていただいたので、万が一有事が起きたときには、私たちは重機と職人、そして「宗重モデル」を携えて率先して現場に入り、力になりたいと思います。
また、今回当社で解体作業に従事していた社員がANDPADを活用して施工管理にもチャレンジしました。これから社員たちは徐々に金沢に戻ってきますが、今後解体作業と施工管理、どちらのキャリアに進みたいかを聞き、人材育成にもつなげていきたいと考えています。さらには、こうしたデジタル活用の取り組みを若手人材にアピールし、採用活動も活性化していくつもりです。

最後に、同社は今後どのように能登半島の復興に携わっていくか、その想いを伺った。
宗守さん: 倒壊した建物がなくなって更地になり、これからいよいよ復興のための「まちづくり」がはじまっていきます。そのなかで、私たちの技術リソースを使ってお手伝いできることがあれば、これからもぜひ関わらせていただきたいと思っています。まずは、土木工事の協力会社として工事に参加していく予定ですが、地元の建設会社さんの手が回らない細かい部分をお手伝いさせていただくことも考えています。縁あって生まれた信頼関係を大切に、今後も能登の方々の便利屋さんのような存在となって、お付き合いができればと思っています。


アンドパッドは、能登半島地震発生後から7カ月ほど経過した2024年8月に穴水町を訪れ、宗重商店の取り組みを取材した。当時、穴水町の解体率は18.4%。6市町のなかではトップクラスだったものの、まだ町には多くの倒壊した家屋が残っていた。
2025年10月、再び訪れた取材陣を迎えたのは、倒壊した家屋がほぼない、新しい穴水町の姿だった。あらためて、この一大事業に挑んだ同社の皆様、協力会社の皆様が生み出した景色に頭の下がる思いがした。

穴水町の公費解体に尽力された皆様
今回同社は、地域、自治体、被災者、協力会社、社員のすべてに寄り添う「五方良し」とも言えるモデルを確立した。ANDPADがその一助を担えたことは非常に光栄ではあるが、これはあくまでも同社の「五方良し」の姿勢があったからこそ、デジタル活用の効果が最大化されたと言える。同社が1年半の奮闘の末に生み出した「宗重モデル」は、今後の災害復旧における体制構築やマニュアル整備の礎となっていくだろう。
宗重商店の皆様、全国から応援に駆けつけた協力会社の皆様に取材の機会をいただけたことに、あらためて深く感謝の意を伝えたい。そして、今後もデジタルの力で能登半島の復興を支えていきたいと、思いを新たにした日となった。

| URL | https://munejyu-kaitai.com/ |
|---|---|
| 代表者 | 代表取締役 宗守 重泰 |
| 創業 | 1939年 |
| 本社 | 石川県金沢市畝田西1丁目112番地 |




















