2024年1月1日、元日の夕方に発生した能登半島地震。最大震度7を観測した揺れは、建物の倒壊、大規模火災、土砂崩れ、津波、液状化現象と甚大な被害を引き起こした。多くの人が住まいを失い、最大約4万人が避難生活を余儀なくされた。
石川県は、倒壊した建物を所有者に代わって自治体が解体・撤去を行う公費解体制度の実施を決定。被災地の方々に「景色が変わった」と実感してもらえるようにと、2025年10月末までの解体完了を目指して事業に取り組んできた。アンドパッドは、この公費解体事業に取り組む株式会社宗重商店(石川県金沢市)を継続的に支援、そして取材をしてきた。
同社が担当するのは、石川県内でも被害の大きかった6市町のひとつである穴水町。穴水町は、6市町のなかで唯一、2025年10月末時点ですべての解体を完了している。
今回は、公費解体プロジェクトのエピローグとして、株式会社宗重商店の宗守さん、瀬戸さんにインタビューを実施。圧倒的なスピードと品質の高い工事を両立してきた同社は、一体どんな想いで工事に取り組んできたのか。前編では、デジタルツールを活用しながら、人との「対話」に力を注ぎ、信頼関係を構築していった同社の取り組みに迫っていく。


発災から約1年半で約2,800棟の解体工事を完了
株式会社宗重商店は、北陸3県・滋賀県全域および岐阜県などの近隣エリアで解体工事業を展開する専門工事会社だ。本社を置く石川県では、解体工事施工高トップクラスの実績を持つ。

株式会社宗重商店 代表取締役 宗守 重泰さん
宗守さんは、発災直後から社員の家族が多く住む能登半島への支援活動に尽力。また、石川県構造物解体協会(※1)の副会長として、震災翌日から石川県の担当者、同協会のメンバーと協議を重ね、同協会での公費解体事業の一括受注を決めた。県の要請は「2025年10月末までの解体工事完了」。県内の解体事業者、全国の協力会社が一丸となって取り組む一大プロジェクトがはじまった。
(※1) 石川県構造物解体協会 https://www.ishikawa-kaitai.com/
同社が穴水町の担当に決まったのは2024年2月末。そこから4月初旬での1棟目着工を目指し、急ピッチで準備を進めていった。ただ、現地で本格的に活動をはじめた春先は、まだ電気や上下水道の整備が追いついていない状況。同社の社員や全国から応援に来てくれた協力会社は、温かい部屋で温かい食事を取ったり、一日の疲れと汚れを落とす温かいシャワーもないまま、必死に作業にあたっていたという。
こうした状況を受け、宗守さんは宿泊拠点として利用していた施設を大幅にリノベーション。建設機械を使って土地をならして基礎をつくり、職人たちのプライバシーを守る個室のユニットハウスを建設し、シャワー・トイレ・洗濯機などの衛生設備も提供した。また、5月初旬には厨房設備を備えた食堂を開設。職人たちが現場に力を注げるよう朝晩に温かい食事を提供し、昼食には弁当を支給し、暮らしを支えた。

宗重商店のベースキャンプ「ふるさと体験村 四季の丘」のグラウンドに建設したユニットハウス。Wi-Fi環境も整備した。
公費解体事業がスタートして以降、同社が担当する穴水町の工事進捗は他のエリアと比べても早く、トップクラスの解体率を維持しながら事業全体を牽引。穴水町においては、2024年4月から2025年10月末までのおよそ1年半で、2,742棟(※2)の解体工事を完了した。
(※2)参照:https://www.pref.ishikawa.lg.jp/haitai/documents/r701107_kouhikaitai_shinchoku.pdf「加速化プランに基づく公費解体の進捗状況(令和7年10月末時点)」石川県


宗守さん: 想定していた解体数よりも大幅に件数は超えましたが、最大で82班・345人の作業員が現場に入ってくれ、目標としていた10月末での解体完了を守ることができました。被害を受けたエリアが広範囲な上、道路状況の悪化によって交通ルートが制限されたり、積雪の影響を受けたりと困難もありましたが、約1年半で石川県全域で解体率95%を実現できたのは、自分たちとしても「よくやりきったな」と思います。


取材に伺った2025年10月下旬、同社がベースキャンプとしていた「ふるさと体験村 四季の丘」からは徐々に職人が自分たちの地元へと帰っていた。最大200人が入居していたユニットハウスの利用者も、今は40人へと減った。
宗守さん: 今はユニットハウスを徐々に閉鎖していっています。地域のスーパーや飲食店も営業するようになってきたので、2025年8月には食堂での食事提供もストップしました。飲食店で食事をしてもらうことで、少しでも地域経済が活性化するようにと考えての判断です。

能登半島の6市町のなかでも、常にトップクラスの解体率を維持し続けた穴水町。スピーディに工事を進められた背景には、「ANDPADの利用を絶対条件にしたことが功を奏した」とお二人は話す。
瀬戸さん: 全国から協力会社さんが応援に駆けつけてくれましたが、当社と作業をしていただく協力会社さんには、ANDPADを必ず利用してもらうことを条件にしました。「ANDPADを介してコミュニケーションを取る、報告を上げる、写真で記録を残す」。この3つが施工品質の維持に欠かせないと考えたからです。
デジタルが苦手な方もいらっしゃいましたが、1班にひとりANDPADを利用できる方がいれば問題ないので、まずスマートフォンを使い慣れている方に作業フローやKY報告の仕方、報告のタイミングなどを新規入場の際にしっかりとレクチャーしました。ほとんどの方が2〜3日でANDPADに慣れて使いこなしていましたね。


株式会社宗重商店 経営管理室室長 瀬戸 貴博さん
宗守さん: 工事の規模や金額はさまざまですが、実施する工事はすべて公共工事なので、マニフェスト(災害廃棄物管理票)や写真台帳といった提出書類は非常に多いです。能登半島では最大100現場が同時に動いていたため施工写真の点数も膨大だったのですが、ANDPADは写真を撮影した段階で案件ごとに整理されていくので非常に管理がしやすかったですし、その写真データを即時に写真台帳に変換できたのがとても助かりました。
災害廃棄物を積んだトラックの写真も1台1台撮影する必要があるのですが、それもどの現場かすぐにわかったのが便利でしたね。他のエリアでは「どこの写真かわからない」といった事態が起きたと聞いています。
データがANDPAD上にすべて格納されているので確認もしやすかったですし、写真を見れば工事の進捗や状況を把握できたことも、当社がスピーディに工事を進められた要因だったと思います。平時だけではなく、本プロジェクトにおいても、ANDPADは大きく貢献してくれたと感じています。
被災地の方々、協力会社との「対話」によって生まれた信頼関係
「倒壊した建物の解体」という平時の解体工事とは勝手の違う工事を、初めて仕事をする協力会社と一緒に、品質を維持しながらスピード感を持って進めていく。そんな難易度の高いプロジェクトにおいて「ANDPADは最大の武器になった」と宗守さんは話す。
宗守さん: 公費解体は、まず解体前に「三者立会」が必要になります。公費解体の申請者(被災者)・補償コンサルタント・解体事業者が現場に行き、解体する建物の確認や解体方法、公費解体で壊す範囲、家屋内に残置された家財の扱いなどについて話し合います。
当社では、社員2人が三者立会に参加し、1人は被災者の方の要望を伺うことに集中し、1人はその内容をANDPADにもらさず記録していくようにしました。「駐車場の基礎は残しておいてほしい」「位牌を見つけてほしい」「代々受け継いできた着物を取り出してほしい」など……被災者の方々の想いはさまざまです。震災で心に深い傷を負われた被災者の方々に、行き違いによるストレスを与えないために、ANDPADで記録と写真を徹底しました。これにより、「言った・言わない」の曖昧さをなくし、被災者の方々との信頼関係を築くことを最優先としました。
協力会社さんに引き継ぎをする際にも、現場写真に取り壊し箇所や注意点を書き込んで明示し、スムーズに作業を進めてもらえるように配慮しました。この取り組みの結果、穴水町ではクレームやトラブルを非常に少なく抑えられたと感じています。
三者立会は1回30分程度です。その限られた時間のなかで、当社のブロック長や現場長は被災者の方々に寄り添い、多くの要望や想いを聞き出してくれたと思います。

公費解体事業を始めるにあたり、同社は最初に「被災された皆様に寄り添った解体工事をおこなう」と決めた。同社の皆様は、公費解体事業の過程で、被災者の方々との対話を繰り返し、徐々に地域に溶け込んでいった。
宗守さん: 震災からの復興がまだ半ばであった2024年。例年7月に開催される穴水町の「長谷部まつり」(※3)も、本来の形での開催は見送られました。しかし、公費解体が進んだこともあり、今年は復興の象徴として、2年ぶりに開催され、私たちも参加させていただきました。町の方々から「子どもたちが重機の操作を体験できるイベントをやってくれないか」と依頼されたので、喜んで引き受けましたよ。工事以外で私たちが貢献できることが少しでもあれば、ぜひやらせてほしいと今も思っています。
(※3)穴水城主、長谷部信連を偲ぶ祭りであり、華やかな時代絵巻を再現した武者行列が見どころ。夜には、穴水湾内を舞台に、屋形船、スカイランタン、そして花火が共演する幻想的な光景も楽しめます。参照:石川県観光公式サイトhttps://www.hot-ishikawa.jp/spot/detail_21917.html

参加者は、震災からの復興と鎮魂の祈りを込めたランタンを夜空に打ち上げました

「長谷部まつり」では、町の方々からのご要望にお応えし、子供たちに重機操作体験を実施しました。子供たちは、目を輝かせながら楽しそうに重機を操作し、祭りに大きな笑顔の花を咲かせました

「長谷部まつり」にて、宗重商店の協力会社であるトルコチームがケバブとトルコアイスを提供。公費解体を通じて交流を深めてきた地域の方々と、祭りを通してさらに温かい交流を育みました(左)その様子を見守りながら、ケバブの肉をカットする宗重商店の宗守さん(右)
同社は、「被災者の方々に寄り添う」という想いを協力会社にも根気強く伝え続けてきた。協力会社とも対話を重ねることで「想いが届いた」と宗守さんは感じたという。
宗守さん: 穴水地区は、県内の協力会社が少なく、9割が全国から応援に来てくれた協力会社さんたちでした。正直皆様の目的は最初はそれぞれだったように思います。ただ、「みんなのチカラで」というスローガンを掲げ、私たちの想いを伝え続けてきたことで、徐々に「チーム宗重」としての一体感が生まれていきました。皆様の心が「穴水のため・能登のため」に変化していると実感できる機会も多くあって、そのたびにグッときましたね。
今では、私たち以上に能登の方々と仲良くなっている県外から応援に駆けつけてくれた協力会社さんも多いです。地域の清掃活動に参加して新聞に載ったり、樹木の撤去を引き受けて警察に表彰されたりした方もいるんですよ。

穴水町の中華料理屋に立ち寄ったときのひとコマ。店内で協力会社の職人に偶然出会い、一緒に食事をとった。「町民の方々の顔はほぼわかる」という宗守さんに、店主も気さくに声をかける。
また、協力会社とのコミュニケーションを深める上で重要な役割を果たしていたのが、「昼食の受け渡しだった」と宗守さんは話す。
宗守さん: 今回協力会社さんには朝昼晩の3食を提供していたのですが、昼食の弁当だけは職長さんに必ず穴水現場事務所まで取りに来てもらう形式をとっていました。そこで現場の進捗を確認したり、トラブルがないかを聞いたりと、顔を合わせて話をしたことも良い効果を生んだと思います。

協力会社さん(左)にお弁当を渡す宗重商店のご担当者様(右)
被災地の方々に寄り添っているのは、同社や協力会社の皆様だけではない。ともに公費解体事業を推進してきた穴水町役場の職員たちも、自分たちも被災者でありながら地域の方々に寄り添い続けている。
宗守さん: 三者立会の日程調整は穴水町役場が一手に引き受けてくれました。高齢の被災者の方に電話をかけると、1件の日程調整をするために2〜3時間もお話をすることがあるそうです。身内の話、地震の話、さまざまなお話を根気強く聴き、心のケアもされているのには頭が下がります。

宗守さんは、石川県構造物解体協会の副会長も務めるという広い視野から、公費解体事業の状況を見据え、業界全体が直面する課題についても率直に語られた。
宗守さん: 公費解体事業の大きな枠組みの中では、悪質業者による問題が懸念され、対応に苦慮する状況がありました。東日本大震災や熊本地震のときにも問題になりましたが、「震災特需」だけを目当てに入札に参加したり、地元のガソリンスタンドや宿泊施設に支払うべき費用を踏み倒すなど地域との信頼を損なう行為が石川県内でも散見され、中には法的な問題に発展した事例も見受けられました。私は、石川県構造物解体協会の一員として、入場ルールの整備や退場勧告などを行い、悪質業者の排除と業界の健全化にも取り組んでいます。
最大82班・345人を統率し、圧倒的なスピードで同社が解体工事を進められたのは、同社が平時からDXに取り組み、業務効率化を推進してきたからに違いない。ただ、「協力会社が現場で全力で力を尽くせるように」と住環境や食事の問題を解決したり、「被災者に寄り添いたい」とそれぞれの想いを聞いて記録に残したりと、常に「人」にまっすぐ向き合ってきた同社の姿勢こそが、解体工事を推進する原動力となったと言える。
後編では、常に高水準の工事進捗率を維持し続けてきた同社の取り組みについて深掘りしていく。新たな災害復旧モデルとなる「宗重モデル」に、ぜひ注目してほしい。
| URL | https://munejyu-kaitai.com/ |
|---|---|
| 代表者 | 代表取締役 宗守 重泰 |
| 創業 | 1939年 |
| 本社 | 石川県金沢市畝田西1丁目112番地 |




















