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時代と共に変化する原工務店のこれまでとこれから

〜前編〜親から子へ、社員と手を取り守り継ぐ「原の家」

山口の地で50年、「光と風と木の住まい」による上質な暮らしを提案し続ける株式会社原工務店。自然との共存を大切にしながら、デザインや間取りの自由度、断熱性能や耐震性も担保した住宅を追求する徹底したこだわりに魅了されるお客様も数多い。

創業55年を迎え、次世代への事業継承も見据えている同社。ANDPADを導入し現場と経営のDXも推し進めているなか、「家業」として何をアイデンティティとし、どう変化を遂げていこうとしているのだろうか。

今回、同社の代表取締役 村谷真智子さん、専務取締役 村谷亮太さん、そして工務部長の森一也さんにインタビューを実施。前編では、地域密着の家族経営の工務店として原工務店が持つDNAに迫った。

村谷 真智子氏
株式会社原工務店 代表取締役
原工務店の創業者・原 孝夫氏(現会長)を父に持ち、幼い頃から“木の家づくり”に徹底してこだわる父の背中を見て過ごす。好きな言葉は「『お陰様で』感謝の気持ちを忘れない」
 
村谷 亮太氏
株式会社原工務店 専務取締役
小さい頃からモノづくりが好きで、大学では建築学を学んだ後、東京のIT関連の会社の営業として勤務。コロナ禍を機にUターン、2021年6月より原工務店に入社。好きな言葉は「今日は人生で1番若い日」
 
森 一也氏
株式会社原工務店 工務部長
インテリアの専門学校を卒業後、原工務店に入社。以来29年間、現場監督として従事。旧来の職人さん、協力会社からの信頼も厚く、現在は工務部長として社長と専務を支える存在。好きな言葉は「青春」


INDEX

 

三者三様のキャリアを強みに原工務店を導く

もともと大工だった原孝夫さんが個人事業者として1968年に創業した株式会社原工務店。現在、同社の経営を担うのは、初代社長の愛娘である村谷真智子さん、若き専務取締役として次の世代を担う村谷亮太さん、30年に渡って現場監督として従事してきた工務部長の森一也さんだ。三者三様の経歴をもつという3人は、どんな経緯で原工務店に参画したのか。

森さん: インテリアの学校を卒業後、親の紹介で原工務店の面接を受けました。当初はインテリアコーディネーターを目指していたのですが、当時の原社長の「男は現場だ」という方針のもとで現場監督に。以来、30年近く数々の現場に携わってきました。今でこそ僕も40代になりましたが、若い頃はベテランの職人さんにかなり叱られたりキツい言葉をかけられたこともありましたね。それでも今まで続けられたのは“お客様が喜んでくれたときの笑顔”、そこに尽きます。引き渡しのときに泣いて喜んでくれるお客様もいて、やってきてよかったなと感動させられます。


株式会社原工務店 工務部長 森 一也氏

谷 亮太さん(以下、亮太さん): 原工務店に入る前は東京でITの会社に勤めていました。いずれは原工務店に戻ろうという意志はあったのですが「自分が誇れる武器を携えて、それを原工務店に還元したい」という自分のなかの決意みたいなものもあって。そんな矢先にコロナ禍があり、原工務店も影響を受けて先が見えない、どうしたらいいのかわからない…という状況のなかで「戻る気はあるか」と声がかかりました。30歳くらいまでは東京で修行したいと思っていたこと、今自分が戻って何ができるのかという葛藤もありましたが、「原工務店がなくなってから後悔しても遅い」という想いに背中を押され、2021年の6月にUターンし入社しました。それから今に至るまで2年半、学びの日々です。


株式会社原工務店 専務取締役 村谷 亮太氏

村谷 真智子さん(以下、真智子さん): 父である会長から経営を受け継ぎ、今年で5年目となります。小さい頃から家業としての家づくりの大変な部分ばかり見てきたので、一緒に仕事をするとか、自分が経営をするなんてまったく考えていませんでした。結婚後は夫の転勤のため福岡にいましたが、住宅事業部をつくるから営業部に入らないかと父から夫への打診があり、山口に帰郷。まだ子供も小さく、専業主婦として完全に社会から離れていたという不安もあるなかで私もパートで働き始めることになりました。当時の私は、パソコンも使えないし受付としてただ座っていることくらいしかできませんでした。経理の仕事なども税理士さんに一から聞きながらやっと覚えていった感じです。


株式会社原工務店 代表取締役 村谷 真智子氏

真智子さん: 実は、会長から夫へは一度代替わりしています。ただ、代替わりして数年が経った頃、夫が体調を崩し入院してしまい…。誰かが原工務店を継続していかないといけない、ただそれだけで自分が社長になりました。今思えば本当に無謀というか、崖から飛び降りるようなものですよね。経営のことなんて何もわかりませんでしたが、会長が築いてきた原工務店を、続けたい、守りたいという一心でした。

森さんが内装を、原会長が外構を手がけた「もっくのもり」。まるで森の中にいるような開放的な空間で、コワーキングやイベントスペースとして地域の人たちが集う憩いの場所にもなっている。

 

お客様の喜ぶ姿に助けられて今がある

「普通の主婦だった私がまさかの会社の代表として跡を継ぐことになり、180度世界が変わりました」と話す真智子さん。“自分の人生は原工務店と一緒にあるくらいの覚悟だった”と当時を振り返る。右も左もわからない状態から社長という大役を任され、さまざまな葛藤や不安を乗り越えて現在に至るまでにどのような変化があったのか。

真智子さん: 現場経験があるわけでもなく、設計が分かるわけでもない。自分に何が貢献できるかずっと模索していました。会長には会長のやり方があって、自分はどう動いたらいいかわからない。社長である以上、人前に出ないといけないのにそれも怖くて。そんなとき、ある社員から「“社長”っていう女優になってくださいよ」と言われてハッとしたんです。社長である以上「怖い」という自分の感情は横に置いて、役割を果たさないといけないなと。それが自分の中のターニングポイントでした。

以来、「目の前のことをしっかりやろう」というプラスのマインドに変わりました。今でもできないことだらけで落ち込むこともありますが、お客様が喜んでくれる姿を見ては「裏切れないな、こんなに喜んでもらえてしっかりしないと」と、毎回立ち返らせてもらって今に至ります。

亮太さん: 社長は、子供の頃から自分の人生とともにずっと父親の家作りを見てきて、言語化されてない部分もたくさんあるなかでこそ確固たる正解があって。それを誰よりも守っているのが社長なんだと思います。「もっくのもり」も、もともとは住まいの情報を集めたショールームでしたが、家づくりから視野を広げて暮らしに関わる提案をしたいという社長の意向で、料理教室やフリーマーケット、作家さんの手作り品を販売するイベントをしたりと、家づくりを考えていない人でも利用してもらえるような開かれた場所になりました。それって、家を単なる“箱”ではなく、住み心地や体感をふまえた“生活のともなう場”だととらえているからこそ生まれる発想なんじゃないかなと思います。

暮らしの雑貨が集まる、月に1度の「もっくのもりマーケット」の様子。

真智子さん: 私自身は子どもの頃から父が建てた木の家にずっと住んでいて、それが当たり前だと思っていました。ですが結婚してはじめてアパートで暮らしてみて、木に囲まれて暮らすことがいかに幸せだったのか、父がこだわり続けた「原の家」という守るべきものが見えてきたというのも大きな変化でした。

職人技術や現場経験がない社長だからこそ、住む人の目線に立った、“誰にでも来やすい工務店”を実現することができ、それが原工務店の新しい価値を築いているという。そんな原工務店の在り方を象徴しているのがホームページに掲げられた「経年変化を愉しむ家族の物語」というブランドメッセージだ。

真智子さん: より原工務店の世界観が伝わるようなホームページを、という想いでリニューアルに取り組みました。ブランディングについては森が担当して、社員一人ひとりから案を募集し「経年変化を愉しむ家族の物語」というブランドメッセージもみんなで話し合って決めました。「原の家は、年数が経ってこそ違った価値が生まれる」「私たちが建てた“美しい家”を、子供たち孫たちの世代に受け継いでほしい」そんな思いが込められています。

真智子さんが社長になってから取り組んだブランディング。木を愛し、自然を取り込んだ家をつくりたい、そんな世界観を社員のポートレートをはじめホームページ全体で伝えている。

 

木造住宅の魅力を最大限に高める独自の「ハラテック工法」

原工務店は高い耐震性・耐久性にこだわったオリジナル工法「ハラテック工法」を採用しているのが大きな特徴だ。木造住宅の良い面を活かしつつ、断熱性や耐震性といった弱みを補うことを目指して開発され、2005年には特許も取得している。

真智子さん: 父(会長)の「地震に強い木造の家を建てたい」という信念から生まれたのがハラテック工法です。阪神淡路大震災が起きたとき、軒並み木造住宅がつぶれてしまったのを目の当たりにした父は、現地を見に行って欠損部を確認し、木造の欠点を徹底的に分析しました。どうやったら地震や火事に強い家がつくれるか腐心するなかである日ふと、引き寄せ金物を思いついたそうです。そこから、素材の揃う京都大学に通い詰めては、素材や工法を変えて強度実験を行うなど試行錯誤を重ねていました。子供の頃、父に連れられて行った町工場で職人さんとあれこれやっているのをずっと待たされて…でもあれがこの開発のことだったんだ!って、今になって記憶がつながるんです。

亮太さん: 会長は当時の開発秘話をいろいろ教えてくれるのですが、経験に裏打ちされた話はとても面白くて。たまたま現場にいた会長と話した施主が「(ハラテック開発の話を会長から聞いて)もっと原工務店が好きになりました」と言っていただけたこともあります。今お付き合いしている大工さんも、会長がハラテック工法を開発していた当時の大工さんの二代目だったりもして、施主様に対して木の家づくりに懸ける会長の想いを話し伝えたりする場面も多々あるんです。そうやって「原の家」の価値は脈々と受け継がれているのだと思います。

「地震に強く、何十年と安心して住み続けられる家づくりをすること。そのためには手を抜かないというプライド、真面目さといった原工務店のDNAは創業からまったく変わっていません」と真智子さん。後編では、外からは見えない基礎設計部分へのこだわり、徹底した現場主義を貫く原工務店の取り組みに迫るとともに、時代に合わせて変化するDXへの取り組み、ANDPADをどのように活用しているのか聞いた。

株式会社 原工務店
URLhttps://www.haratec.co.jp/
代表代表取締役社長 村谷 真智子
創業1968年4月1日
本社山口県防府市桑山2丁目11番18号
取材・編集:平賀豊麻
編集:原澤香織、川崎美和子
執筆:ヨシノキヨミ
デザイン:森山人美、安里和幸
顧客担当:佐々木 遼
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