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秋野先生の寄稿コラム連載「教えて!秋野弁護士!建築業界の法律トラブル相談所」の第21回となる今回は、2024年6月に成立した「建設業法及び公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律の一部を改正する法律案」の内容のうち、資材価格高騰による労務費のしわ寄せ防止をテーマについて解説いただきます。
前編は、受注者が発注者へ資材高騰リスクを通知する「おそれ情報」や、発注者の「誠実な協議義務」といった価格変動リスクを分担するための具体的な仕組みについて解説します。
2017年度 慶應義塾大学法科大学院教員(担当科目:法曹倫理)。2018年度慶應義塾大学法学部教員に就任(担当科目:法学演習(民法))。
2020年岐阜県立森林文化アカデミー非常勤講師に就任。管理建築士講習テキストの建築士法・その他関係法令に関する科目等の執筆をするなど、多くの執筆・著書がある。
法改正の背景:資材高騰と労務費へのしわ寄せ防止
2024年6月7日に成立した改正建設業法は、資材高騰のしわ寄せが現場の労務費を圧迫するという建設業界の長年の構造的な課題を解決するためのものです。委託事業者が強い力を持つ業界慣行と、ウッドショック等に代表される予期せぬ資材高騰が重なり、中小受託事業者は仕事の継続を優先するあまり、高騰分を労務費のカットで吸収せざるを得ない状況が常態化していました。この負の連鎖を断ち切り、「価格転嫁の円滑化」と「労務費への不当なしわ寄せ防止」を図ることが、今回の改正の最も大きな目的です。
具体的には、以下の法的措置が追加されました。
①低価格受注の禁止
受注者に対しても「不当に低い請負代金」での契約締結を禁止(第19条の3第2項)します。
②見積書規定の詳細化
見積書に関する規定を詳細に改正(第20条)し、見積書に記載する労務費や材料費を「通常必要と認められる額を著しく下回ってはならない」と規定。発注者側にも見積もり内容を考慮する義務と、不当な変更要求の禁止を課しました。①、②の詳細については、前回の記事「建設業法改正で『労務費確保』が義務化へ!見直しが急務な『不当な低価格』」で詳しく解説しています。
ぜひご参照ください。https://one.andpad.jp/magazine/20714/③価格等の変動又は変更に基づく請負代金の額の算定方法に関する定め
こちらは、次の項目で詳述します。
建設業法改正のポイント:リスク分担のルール
契約書への「変更方法」の明記義務
建設業法の改正で、請負契約に記載すべき事項として、価格等の変動又は変更に基づく請負代金の額の算定方法に関する定めの明記が追加されました。(第19条第1項第8号)
契約約款にこの「変更方法」に関する定めを記載しないことはもちろん、「変更しない」「変更を認めない」といった協議を前提としない規定である場合も、建設業法第19条第1項違反となります。
フルターンキー契約(※1)、ランプサム契約(※2)といった契約類型において、請負代金の変更を認めないという契約書も散見されます。しかし、同契約類型について、国土交通省に確認したところ、価格等の変動等を受けた協議を全く行わない、というのは建設業法上認められないとの見解でしたので、上記のような請負代金の変更を認めない契約書は建設業法第19条1項に違反することになりますので注意が必要です。
(※1)フルターンキー契約とは、発電所や工場などのプラントの工事請負において、完全に稼動可能な状態で引渡しを行う契約形態をいいます。
(※2)ランプサム契約とは、施工業者が予め合意された固定価格で全ての作業を完了する契約形態をいいます。
今回の法改正は、価格変動があった時に必ず変更契約をしなければならないとまで義務付けるものではありませんが、協議は必要となります。予め物価変動を折り込んだ価格としたとしても、予測できない価格高騰等が生じた場合に、一切協議しない、というやり方は認められません。
契約前・契約後の具体的な手続き
請負契約で定めた請負代金の増額要請は、発注者にとって大きな懸念事項です。そこで、改正法では、増額協議の前提となる手続きを設けました。(令和6年12月13日施行)
改正建設業法は、第20条の2に、建設業者に対して、その請け負う建設工事について、主要な資材の供給の著しい減少、資材の価格の高騰その他の工期又は請負代金の額に影響を及ぼすものとして国土交通省令で定める事象が発生するおそれがあると認めるときは、請負契約を締結するまでに、注文者に対して、その旨を当該事象の状況の把握のため必要な情報と併せて通知することを義務付ける規定を追加しました。(同条第2項)
その上で、この第20条の2 第2項により、契約前に通知した建設業者は、当該通知に係る事象が発生した場合に、注文者に対して、契約書に従った工期の変更、工事内容の変更又は請負代金の額の変更についての協議を申し出ることができることとし(同条第3項)、協議の申出を受けた注文者は、当該申出が根拠を欠く場合その他正当な理由がある場合を除き、誠実に当該協議に応ずるよう努めなければならないこと(同条第4項)としました。


「おそれ情報」を通知しなかった場合の実務上のリスク
「おそれ情報」の通知義務(建設業法第20条の2第2項)に従わなかった場合でも、現行法で直接的な刑事罰は定められていません。しかし、通知を怠った場合、価格変動リスクを一方的に背負い込むという、法改正の趣旨に逆行する重大な実務上の不利益と、業界の信頼を失うリスクが発生します。
契約前の通知がない場合、価格高騰などの事象が発生しても、受注者は法的な根拠をもって発注者に「協議を申し出る」立場を確保できません。これにより、発注者の「誠実に協議に応ずるよう努めなければならない」という努力義務(第20条の2第4項)を引き出せず、結果として価格転嫁が困難になり、労務費にしわ寄せが生じる旧態依然の構造に逆戻りする危険性が高まります。
「おそれ情報」の通知義務と価格変更協議の促進
価格変動リスクを伝える「根拠情報」の通知ルール
価格高騰などの「おそれ情報」を事前に発注者へ通知する際、建設業法では、その状況を裏付ける「根拠情報」を併せて提示することが求められています。この根拠情報には、受注予定者の通常の事業活動の中で把握できる、客観性を有する情報を用いる必要があります。
具体的には、メディア記事や資材業者様の公式発表、または公的主体や業界団体などが作成・更新した統計資料、そして中小委託事業者業者や資材業者から提出された過去の見積書など、価格の上昇がわかる資料がこれに該当します。一方で、特定の資材業者様の口頭のみによる情報など、発注者がその真偽を確認することが難しい情報は、根拠情報としては認められません。
この通知を行う際には、対象となる資機材の種類や価格の基準日などとともに、必ず根拠情報の情報源を明記することが必要です。ただし、通知のために新たな調査や資料収集を行う必要はなく、受注者が既に把握している公表資料の範囲で示せば十分です。
これらの情報を発注者へ通知する際は、書面またはメールなどの電磁的方法を使い、見積書の交付時などにあわせて行うことが求められます。また、発注者が内容を確認したという記録を残し、将来的なトラブルを避けるためにも、見積書と通知した書面またはメール等を、発注者と受注予定者様の双方で保存しておくことが強く推奨されています。
労務費確保のための人件費高騰について、証憑となり得るもの
契約前のおそれ情報の通知において、「一定の客観性を有する統計資料等」の提示が必要とされています。労務確保のための人件費高騰について、証憑となり得るものは下記の通りです。
公的統計データ:政府や公的機関が発表する労働統計データ。例えば、厚生労働省の「毎月勤労統計調査」や「賃金構造基本統計調査」などが該当します。
業界団体の報告書:建設業協会や労働組合などの業界団体が発表する報告書や調査結果。これらは業界全体の動向を反映しているため、信頼性が高いです。
市場調査レポート:民間の調査会社が発表する市場調査レポート。例えば、労働市場の動向や賃金の変動に関するレポートが該当します。
企業の内部データ:自社の過去数年間の人件費データや労務費の推移を示す資料。これにより、具体的なコスト増加の証拠を示すことができます。
通知すべき情報の参考資料
一般財団法人経済調査会では、当会では、建設業法令遵守ガイドラインで通知すべき情報として示された主要な資機材や特定工種の労務に関する価格高騰や供給不足・遅延が生じるリスクに関する資料等を集約した特設サイト(※)を開設しています。
(※)https://www.zai-keicho.or.jp/service/build/riskinfomaiton/
前編では、改正建設業法の背景にある長年の業界構造の課題と、適正価格を確保するための新しいリスク分担のルール、そして法的裏付けのある「協議の義務」について解説しました。後編では、実際に現場でできることについて焦点を当てます。「おそれ情報」を、いつ、どのように発注者に伝え、説得力のある根拠情報として何を用いるべきか、実務的な対応を解説します。
| URL | https://takumilaw.com/ |
|---|---|
| 代表者 | 代表社員弁護士 秋野卓生 |
| 所在地 | 〒102-0094 東京都千代田区紀尾井町3-8 第2紀尾井町ビル6階 |
















